性悪女子のツミとバツ

「萌、もう少しこっち。」

ベッドの中で彼が私を抱き寄せた。
私はそれに気が付かぬ振りをして、目を閉じていた。

「相変わらず、素直じゃないな。」

彼が私の身体に腕を回しながら、囁く。その声が軽く私の耳をくすぐったが、私は必死に反応するのを堪える。

「別にいいよ、そういうところも可愛いと思えるようになってきたから。」

今度は、軽く笑うように囁いた。
告白の日から、彼は時々私をからかうように甘い言葉を口に出す。
私の寝たふりなど、通用しないことは分かっている。
目下のところ、私は彼の腕の中でしか眠れないのだから。

私が寝返りを打つ振りをして、彼の腕の中に納まった私に、彼はフッとまた小さな笑い声を漏らした。


彼の腕の中では、不思議とよく眠れる。
そのことに気が付いたのは、こんな関係になってから随分と時間が経ってからだった。
初めの頃は、激しく抱き合った後ゆえに、疲れてよく眠れるのだろうと思っていた。
けれども、不眠の症状が重くなるにつれて、眠りを誘うのは肉体的な疲れなどではないことに気付かされる。

そして、そんな私の事情をまるで知っているかのように。
ひどく乱暴に私を抱いた後、一度の例外もなく、いつも彼は私の身体にその腕を回して、私を緩く拘束した。
微睡んでいく私を抱きしめながら、時には、その手で頭を撫でて、髪を優しく梳く。

彼がどうしてそんなことをするのかは分からなかった。
彼は何も語らなかったし、私はあえて何も尋ねなかった。
どうしてか、その理由を聞いてしまえば、この心地よい揺りかごを失うような気がして。
このままではいけないと思いながら、その時の私はどうしてもそこから抜け出せなかったのだ。


「このまま、ずっとここ以外では眠れなければいいのに。」

次第に消えゆく意識の端で、彼の囁きをキャッチした。
すでに寝ている振りから、しっかりと眠りの淵へと足を踏み入れていた。

「どうかしてるだろう?本気で閉じこめておく方法を、必死に探してる。」

彼の手が私の頭を丁寧に往復する。
彼の男性の割には細く長い指が、私の髪の間をすり抜けていく。

「おやすみ、萌。」

完全に意識が消えていく直前に聞いた彼の小さな声は、どうしてか、とても切なく響いた。
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