性悪女子のツミとバツ

それからというもの、度々ランチを共にしては、彼女に色々と話をするようになった。
直属の先輩後輩の関係の時には想像すらしたことがなかった親密ぶりだった。

「安井さんは、根はものすごく真面目なのね。」
「松岡さんに、そう言われる日が来るとは思いませんでした。」
「私も、こんな日が来るとは思わなかったわ。」

松岡さんは、ふふふと笑って、大きくふくらんだお腹にそっと手を置いた。
穏やかに微笑む彼女は、今、妊娠七ヶ月。
仕事一筋だった彼女も、もうじき産休に入る。

「お腹大きくなりましたね。松岡さんが仕事を休んでるところが想像できません。」
「それは、褒め言葉として受け取っておくわね。」
「以前の私が言ったなら悪口かも知れませんが、今は褒め言葉です。出産と育児、頑張って下さい。」
「何だか複雑ね。でも、ありがとう。」

彼女の頑張りが、疎ましかったあの頃。
彼女を自分の母に重ねて、勝手に嫉妬していた私は、今みたいに彼女に相手にして欲しかっただけなのかも知れない。
その証拠に、今、私は彼女の前だけではほんの少しだけ素直になれるのだ。

「どうやら、女の子みたいなの。」
「そうですか。きっと、生まれたら佐藤さんはデレデレでしょうね。」
「ははは、どうかな。彼は子供とキャッチボールしたかったみたいだけど。」
「女の子でもキャッチボールくらいできますよ。女子の野球選手だって居ますし。」
「そうね。可能性は無限だものね。」

松岡さんは、お腹から視線を移し、少し遠くのほうを見つめた後、急に私の目を見て言った。

「安井さんも、自分から幸せになれる可能性を消さないで。」
「私は…」
「彼に対して、後ろめたく思ったり、罪悪感を感じたりするのは、分かるわ。でも、それで自分の気持ちを隠したりしては駄目よ。」

女は母になると、新しい能力でも備わるのだろうか。
私の本心なんてまるでお見通しだと言わんばかりに、松岡さんは微笑んでいる。

「私は何も隠してなんて…」
「誤魔化しても無駄よ。顔に書いてあるもの。」

そんな訳あるか、と思いつつもつい顔を上げて、カフェの壁に掛けられたミラーに映る自分の顔を確認してしまう。
そこには、何の言葉も書かれていないけれども、図星を指されて少しだけ赤く染まった頬があった。

「…彼と一緒にいると、苦しいんです。申し訳なくて、自分が情けなくて、時々泣きそうになる。」
「そうね。好きだからこそ、一緒に居てもいいのか悩むのよね。でも、田村君はどんなあなたでも受け止めてくれると思う。」
「…だからです。このまま甘え続けたら駄目人間になりそうです。」
「本当の駄目人間は、こんなに反省したり、相手のことを考えたりしないものよ。どんなに頑張ったって過去は変えられないから、後悔も苦しみも全部抱えたままで生きていくしかないのよ。でも、自分が幸せになることは、どうか否定しないで。」
「そんなに都合良く考えられません。」
「いい言葉、教えてあげる。」
「何ですか?」
「“それはそれ、これはこれ”よ。」

そんな、全てを帳消しにするような言葉を、努力家で真面目な松岡さんは、普段絶対に使わないだろう。
シリアスな雰囲気だったのに、可笑しくて、思わず吹き出しそうになる。
この人は、その真面目さゆえに、こんな私を何とか励まそうとしているのだ。

やはり、どこまでも彼女には適わない。
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