性悪女子のツミとバツ
「松岡さん、ありがとうございました。」
「いいえ、安井さん。またお休み入る前に誘うわね。」
会社に戻り、エレベーターホールで二人してペコリとお辞儀を交わした。
彼女は、顔を上げると同時に少し首を傾げて話し始める。
「なんか他人行儀よねえ。一緒にランチする仲なのに。そうだ、呼び方“いずみ”でいいわよ。 どうせ、本名は佐藤だしね。」
「…じゃあ、いずみさん。」
「おお、新鮮な響き。」
自分で呼べと言ったくせに、驚いた顔をした彼女に、今度は私から提案する。
恥ずかしくて、自然と視線が泳いだのが自分でも分かった。
「…私も、萌でいいですよ。」
言った瞬間、いずみさんの顔がさらに驚いたように固まって、すぐにこぼれるような笑顔になった。
「これが噂の!田村君から聞いてたけど、もの凄い威力だわ。」
「何ですか、急に。」
「萌ちゃんが素でデレるところ、たまらないって話よ。」
「デレてなんて、いません!」
「はいはい、今は何言っても可愛く見えてるからね~。」
彼女は笑いながら「行くわよ」と、やってきたエレベーターへと乗り込む。
私も彼女の背を追いかけて乗り込んだ。
過去に、私が彼女にしたことは、決して無かったことにはできないけれど。
こうして笑いあえる今があるなら、私はいくらでも後悔を抱えて生きていけるような気がした。