性悪女子のツミとバツ
このところ、彼の様子は少しだけ変だった。
私に何か言いかけては、すぐに口をつぐんでしまう。
以前より、休日に一人で出掛けることが多くなって。
夜眠るときに私を緩く抱きしめていた腕は、朝起きると解かれている。
時々考え込むように宙をさまよう視線と、眉間に寄せられた皺。
一緒に暮らしていて、その変化に気が付かぬほど私も鈍感な訳ではない。
しかし、決定的な証拠を見つけるまでは、私から何かを尋ねることはしなかった。
少しでも長く彼の側に居たかった。
そのためには、鈍感な振りだって何だってする。
それでも、“その日”はやってきた。
先週の日曜のこと。
彼がどこかへ出掛けた後で、熱っぽいと感じた私はリビングボードの中の引き出しから体温計を拝借しようとした。
基本的に、彼の部屋の物はなるべく触らないようにしている。
私と彼は恋人ではない。
あくまで私はただの居候なのだ。
しかし、久々に手を掛けた引き出しは簡単に開いてはくれなかった。
中で何やら書類が挟まっているらしい。
私は小さなため息を一つ吐いて、僅かに開いた引き出しの隙間から手を差し入れて、挟まっている書類を引き抜いた。
“都市に住まう贅沢、駅徒歩3分、商業施設直結”
“ワンランク上のラグジュアリーな空間を”
少し折れ曲がってしまった書類に目を落とせば、見ている方が恥ずかしくなるような大げさな見出し。一目で新築マンションのパンフレットだと分かった。
そういえば、昨日の夕方部屋に帰ってきた彼が慌ててリビングボードに何かを仕舞うのを見た気がする。
良くないと思いつつも、思わずページを開くと、複数の間取り図が挟んであり、その一枚にペンで赤丸が付けられていて、住宅ローンの資料まであった。
「マンション、買うの?」
口に出して呟いてみて、ハッとした。
「そろそろ帰らなくちゃ。」
次に口から出た独り言は、心の中ではすでにずっと前から考えていたことだった。