性悪女子のツミとバツ
「萌ちゃん?」
力なく歩いているところを呼び止められ、振り向いた瞬間、「しまった」と後悔した。
ベビーカーを押しながらこちらへ向かって歩いてきたのは、いずみさんだった。
「いずみさん、お久しぶりです。」
にっこり笑って挨拶したのに、彼女は心配した表情で顔を覗きこんできた。
「どうしたの?こんなところで。どっか調子悪いの?」
彼女がそう聞いたのも無理はない。
ここは病院、しかも比較的大きな総合病院だ。
風邪くらいでやってくるような場所ではない。
そして、今は平日の10時半だ。
仕事を休んだのはバレバレである。
私は、誰かに会った時のために用意しておいた嘘を口にする。
「いえ、知り合いが急に入院して、お見舞いに行ってきたところです。」
「あら、そうなの。大変ね。」
「いずみさんは?お子さんの健診ですか?」
「そうなの。念のため定期的に診てもらってて。」
いずみさんには、なんと産休に入った翌々日に赤ちゃんが生まれた。
予定日よりもかなり早く、まだ呼吸が不安定だったお子さんは、産院からNICUのある病院に搬送されていた。
出産されたと聞いて、私が産院にお見舞いに駆けつけた時には、ベッドで「まさか、こんなに早く出てくるとは」と、微笑むいずみさんしか居なかった。
おそらく、ギリギリまで無理をして仕事をしていたのがたたったのだと思う。
お子さんは数週間で退院できたと聞いていたけど、まさかこの病院だったとは。
「お子さんが入院されてた病院、ここだったんですね。」
「そうなの。もうすっかり元気だから、大丈夫なんだけど、心配だから。」
微笑みながら我が子を見下ろすいずみさんは、もうすっかりママの顔だった。私はベビーカーをのぞき込んで、声を掛けた。