性悪女子のツミとバツ

「なぎさちゃん、はじめまして。」
「そうよね、はじめましてよね。産院に来てくれた時は、私しか居なかったもんね。せっかく抱っこしにきてくれたのに、あの時はごめんね。」

いずみさんは謝りながら「よかったら、抱っこして」と言って、赤ちゃんを抱き上げる。
私は恐る恐る小さな体を腕で包み込んだ。

「もう首も据わってるから大丈夫よ。」
「それでも、緊張します。私、抱き方大丈夫ですか?」
「上手上手。これなら、いつママになっても大丈夫ね~。」

その一言に、私はとっさに曇りそうになる顔を抑えて、にっこりと微笑んだ。
私が彼の元を去ったことは、まだ言っていない。
本来なら親身に相談に乗ってくれていた彼女には、きちんと打ち明けるべきなのかもしれない。
だけど、今話したら彼女には私の心を見透かされそうで、とても平常心で話せる自信はない。
結局、肝心なことには何も触れないまま、ただ世間話をして別れることにした。

「なぎさちゃん、ほんとにかわいい。」
「ありがとう。子供は可愛いけど、育児ってこんなに大変なのね。ホント出かけるのも一苦労で。」
「いずみさんでも手こずることあるんですね。」
「そりゃあ、あるわよ。家で子供と二人っきりだと、たまには誰かと無性に話したくなるし。」
「じゃあ、今度はお家にお邪魔してもいいですか?」
「ええ、もちろん。田村君から聞いてない?今度引っ越す予定なの。いつでも遊びに来てね。」
「ええ、ぜひ。」

彼の名前がさらりと告げられたことに再び胸が痛みながらも、笑顔で返事をする。
いずみさんには、もう少し落ち着いてから、自分の口でちゃんと説明しようと心の中で誓う。
でも、それがいつになるのか、そもそもこの先そんな日がやってくるのか、私にはまるで分からなかった。
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