性悪女子のツミとバツ

二時間後、病室で再び目を覚ました彼は、私の顔を見るなり飛び起きた。

「えっ、萌?」
「…落ち着いて。頭打ったんでしょ?今日は、安静に。」
「え?現実?本物?」
「本物よ。疑問符が多すぎだし。」
「だって、何で萌がここに?」
「事故に遭ったって連絡もらって、それで…」
「あっ、佐藤さんは?」
「会社に戻るって。」
「あっ、そう…」

寝ぼけたまま慌てる彼を眺めていたら、可笑しいはずなのに、何故か涙が出た。
彼が眠っている間に、すでに何度か泣いた瞼はすでに赤く腫れていて、今更涙を隠す必要もなく。

「生きてて、よかった。」

思わず私の口からこぼれた言葉は、いつか彼の口が呟いたものと、ほとんど同じで。
自分でも驚くほどに、甘く響いた。

涙で視界がぼやける中、ぐっと抱き寄せられた彼の腕の中で、ため息をそっと落とす。
そのまま、深く息を吸い込むと消毒薬の匂いに混じって、ほんの少し彼の部屋の匂いがした。

「どうして急に萌がデレてるのか、全く意味が分からないんだけど。」

気まずそうに切り出された言葉は、言い終わる頃には微かな笑いが含まれていた。笑いを堪えるように、彼が私の髪に問いかける。

「聞いたかもしれないけど、俺、ただの脳震盪だよ。」
「…それは、ここに着いてから初めて聞いたの。」
「慌てて病院に駆けつけるくらいには、俺のこと好きだって思っていい?」
「…勝手に思いたければ、どうぞ。」
「車避けようとしてコケただけだって分かっても、目が覚めるまで付き添ってくれたのは、どうして? 」
「…そんなの自分で想像してよ。」
「しかも、泣いてるし?」
「…それも、察しなさいよ!」

すっかり余裕を取り戻して、からかいながら聞いてくる彼に、やっぱり素直になりきれずに、いつも通りの可愛くない返事をしてしまう。
それでも、彼はニヤニヤと嬉しそうに笑っていた。

「“おかえり”でいいの?」
「…“ただいま”が許されるなら。」
「どうしようかな、結構本気で振り回されてるからな~。」
「…そんなつもりはないんだけど。」

シリアスな場面なはずなのに、さっきから、ずっとからかうような口調で話し続ける。
それでも、私の背中に回された手には、どんどん力が込められていく。
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