性悪女子のツミとバツ
「どうしよう…」
自宅のトイレの中、握りしめた検査薬にくっきりと現れたブルーの線を見つめて、思わずぽつりと呟いた。
気持ちを落ち着けようと深呼吸を一つする。
今は営業部は繁忙期だ。まだ彼が帰宅するまでには時間があるはず。トイレを出て、ひとまず夕食の準備をしよう。
冷蔵庫の中のものを思い浮かべながら、献立を考えていると、再び胃から何かがせり上がってくる。急に襲ってきた吐き気に、その場にうずくまった。
病は気からとはよく聞くが、どうやら妊娠でも同じことらしい。
妊娠が分かった途端、吐き気と怠さはどんどん酷くなるばかりで、その後の私はキッチンに足を踏み入れることさえままならず、リビングのソファとトイレとを何度となく往復するほか無かった。
夜の九時すぎ、玄関の扉がガチャリと音を立てて開く。
いつもの通り、彼が革靴を脱ぎながら、リビングに向けて「ただいま」と呼びかけた。
ぐったりとソファに体を預けていた私は、廊下を歩く足音を聞きながら、ゆっくりと覚悟を決める。
まずは、ちゃんと彼に話をしなくては。
当然のことのように思えるが、人の何十倍も素直じゃない(彼が言うにはそうらしい)私にとっては、とても難しいことだ。自然に“そう”思えるようになっている自分に驚きながら、一方で感心する。
おそらく、彼と出会った頃の私であれば、一人で悶々と悩んでいただけだっただろう。
この突然の報告を彼が喜んでくれるとは限らない。拒絶されるのは怖い。それなら、自分一人で抱え込んでしまった方が気が楽だ。
なにしろ私には、マンションのパンフレットを見ただけで、彼の心変わりを疑ったという前科がある。
でも、私はこの二年間で、言葉は悪いけれど、彼に実にうまく飼い慣らされてしまったらしい。
まだまだストレートには表現できないけれども、以前よりずっと素直に彼の愛を信じられるようになってきた。
だから、大丈夫。
きっと、彼ならちゃんと受け止めてくれる。
今なら、ちゃんと信じられる。