うそつきハムスターの恋人
第三会議室のドアをそっとノックすると、中から「どうぞ」と男の人の低い声がした。

「大澤です。お呼びでしょうか?」

おそるおそる、ドアを開けると、確かにそこにはあの日メール便を届けた奥田部長が座っていた。
怒っているわけでなさそうだ。

そして、その隣に座っていたのは。

「……店長」

私が大学生のころ、アルバイトをしていたお店の店長とオーナーだった。
二人とも、あのころとまったく変わらない、優しいまなざしで私を見ていた。
店長のきれいな銀髪も、オーナーの丸い眼鏡も、なにもががあの頃のまま。
しかも、その隣には当時のスーパーバイザーだった蒲田さんまで座っている。

「大澤さん、座って」

促されて、奥田部長の向かいの椅子に浅く腰掛ける。
驚いて言葉が出てこなかった。

「急に呼び出してわるかったね」

奥田部長は穏やかに話し始める。

「そんなに緊張せんでも、だんないだんない」

はい、と私は答えて、そっと握りこぶしを開いた。
いつの間にか、強く手のひらを握っていたらしい。

「実はね、こちらの坂口さん夫妻がメイズの店舗を出店したいとおっしゃってはるんや」

私は店長とオーナーの顔を見た。
店長がにっこりと微笑み、オーナーは大きくうなづいた。

「今回、店長に最適な人材を紹介して欲しいということで、相談に来られたんやけど、運営部の蒲田くんが、君がいいんやないかっていうもんだから。あと、誰やったっけ? 運営部の……」

奥田部長が、蒲田さんに問いかける。

「水嶋です」

「そうそう、水嶋くんも君を推薦したんでね。こうして来てもらったんやけど」

夏生が?
どうして私を?

私は会議室の薄いグレーの机をぼんやりと見つめた。
わけがわからない。
確かにメイズでバイトしていたことは話したけど、ただそれだけで私を推薦するなんて、なんだか夏生らしくない。
夏生はもっと慎重だし、客観的に物事を見られる人だ。

「大澤さんは、以前にこちらの方のフランチャイズ店で働いていたそうやね」

「はい」

私は奥田部長に目を戻して、ゆっくりとうなづく。

「フランチャイズの店長になるということは、メイズ本社は退職ということになるけど……。どうやろか? ちょっと考えてもらえんやろか?」

奥田部長はそういうと、穏やかに微笑んだ。
『どちらを選ぶかは君の自由だし、どちらを選んでもいいんだよ』
と言われているような気がした。

「ほな、僕らは席はずすから、坂口さんからも話も聞いてみて。二課の課長には僕から連絡しとくから」

そう言うと、奥田部長と蒲田さんは立ち上がった。

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