うそつきハムスターの恋人
夏生の優しい顔を、久しぶりに見た。

もうこれで十分。
これ以上、話していたら泣いてしまいそうだ。

私はコートのポケットに手を入れると、中のものを取り出した。

「……これ、うっかり返しそびれちゃったの。ずっと持っていてごめんね」

夏生に握りこぶしをつきだすと、夏生の左手に無理矢理にぎらせた。
やっと返せた。
……返しちゃった。

「……じゃあ」

またね?
さよなら?
お疲れ様です?

なんて言おうか迷っていると、夏生が私の返した鍵を見つめながら、ぼそっと言った。

「……話ってのは、それだけ?」

「あ……う、うん。ごめん。じゃあ行くね」

早口で言って、夏生に背を向けた瞬間、視界がぐにゃりとゆがんだ。
唇を噛む。

『話ってのはそれだけ?』

胸に突き刺さる。

< 105 / 110 >

この作品をシェア

pagetop