うそつきハムスターの恋人
ランチの時間になっても、私は仕事が片付いていなかった。
自分でもわかっている。
私は仕事ができない人間なのだ。

喜多さんが私のパソコンを後ろから覗き込んで、げぇと小さな声で言った。

「これ、今日の午後の打ち合わせに使う資料でしょう?」

はい、と私はパソコンの画面をにらみつけながら答える。

「ランチ行けそうにないね」

ですよね、と答えると、加地くんが近づいてきた。

「メイズでサンドイッチ買ってこようか?」

「ほんと? 助かる!」

「お、加地、気が利くじゃん」

喜多さんは、加地くんの背中をばしばしと叩きながら「じゃ私はおそば食べてくる」と宣言して出て行った。

しばらくして戻ってきた加地くんは、メイズで買ってきたホットサンドの袋と温かいカフェラテを、はいと私に手渡して、隣の喜多さんの椅子に座った。

「どう? 終わりそう?」

椅子のキャスターをすべらせて私の隣に来ると、パソコンをちらりと見る。

「ぎりぎりなんとか」

「食べれそう?」

「食べる」

加地くんが買ってきてくれたのは、チェダーチーズとツナのホットサンドだった。

「うわぁ、ありがとう。私、これが一番好き」

パソコンに向かったまま、私は片手でホットサンドを持って口にする。
加地くんはよかったと笑い、自分もホットサンドをおいしそうに食べ始めた。

「水嶋さんの怪我はひどいの?」

キーボードを打つ手が一瞬止まった。

「一ヶ月……って言ってたかな? よく知らないけど」

「右手でしょ? 一ヶ月も大変だよね。さすがにコンパもしばらく不参加かな。いや、行くかもな。あの人なら」

「水嶋さん、そんなにコンパばっかり行ってるの?」

思わず、手を止めて加地くんの顔を見てしまう。
だから、あんなに女性社員の知り合いが多いのか。

「社内のコンパあるでしょ。俺もたまに先輩に誘われて参加させられるけど、水嶋さんは毎回のように来るって聞いたよ」

メイズでは社内みな家族という社風から、社内恋愛も社内結婚も公私混合さえしなければむしろ推奨するという考えだ。
親睦会という名目の社内コンパがよく開催されるのもそのため。
そうやって、お付き合いが始まったり、ゴールインしたカップルがたくさんいる。

「あの人かっこいいし、仕事もできるから狙ってる女性社員がいっぱいいるんだってさ」

「そういえば、伝説のスーパーバイザーだって言ってたよね」

「入社して半年で店長になって、店長時代は前年同月の売り上げをことごとく更新したんだって。その功績が認められて、至上最短二年でスーパーバイザーに昇格したらしいよ。普通は店長になるまでに一、二年かかって、バイザーになるのはその四、五年後とかなんだって」

ふぅんと言いながら、私はカフェラテをゆっくり飲んだ。

コンパが大好きなのか。
その割に、部屋には女の人の影はなかったけど。
かっこいいかもしれないけど、あんなに失礼なことばっかり言うんだもの。
評判ほどもてないのかもしれない。
黙っていればかっこいいのに。

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