うそつきハムスターの恋人
さざめく心
翌日は雨だった。
自分のうちから傘を持ってきていなかった私は、夏生の傘に入れてもらいながら出勤した。
天気予報では雨のちくもり。
帰りにはやんでいるだろう。
会社に近づくにつれ、昨日と同じように数名の女性社員に会った。
夏生とにこやかに挨拶を交わしながらも、彼女たちが私に投げる視線には少し怖いものがあった。
狙ってる女性社員がいっぱいいると加地くんが話していたことを思い出してゆううつな気分になる。
夏生の隣で小さくなりながら、「なんでこんなことに」とぼやいた。
「ん? なんか言った?」
「なにも。私、メイズに寄るね」
「俺も」
メイズでは今日からラズベリーのスコーンが新発売になったらしく、レジでスタッフの女の子がおすすめをしていた。
おいしそうだし買っちゃおうかな。
新発売!と書かれたメニューポスターを眺めて、わくわくしながら並んでいると、肩をぽんと叩かれた。
「おはよ、大澤さん」
振り返ると、加地くんがにこにこしながらすぐ後ろに並んでいる。
「ラズベリーのスコーン、食べたいんでしょ。ごちそうしてあげるよ」
「ぽんと? やった!」
どうして加地くんはこんなにも乙女心がわかるんだろう。
癒し系スマイルといい、私のストライクゾーンを外さないこのきめ細やかな優しさといい、同期だけどお兄ちゃんみたいな人だ。
「しずく。ラズベリーのスコーン、俺が買ってやるよ」
加地くんと笑い合っていたら、突然隣から夏生が割り込んできた。
「え?」
「あ、水嶋さんおはようございます」
夏生に気がついた加地くんは後輩らしく礼儀正しい挨拶をする。
「しずくの同僚?」
「え? あ、はい。広域営業ニ課の加地です」
「あ、そう。俺、しずくの彼氏です」
「は?……あ、いや、すみません」
加地くんはあっけにとられた顔で私を見て「そうなの?」と小声で聞いた。
「そう……そうなの」
なにか言いたそうな加地くんをよそに、夏生はおかまいなしで続けた。
「まぁそういうことで、これからよろしく。しずく、なに飲む?」
「カフェラテ……」
夏生はカフェラテとラズベリーのスコーン、それにエスプレッソを注文し、商品を受け取ると加地くんに言った。
「じゃあお先に。ラズベリーのスコーンはもういらないから」
「……はい」
メイズを出て、会社のビルに入りながら私は「なんですか、今の!」と抗議した。
「せっかく加地くんがごちそうするって言ってくれたのに。しかも彼氏ですとかわざわざ言わなくていいじゃないですか!」
「敬語は禁止だって言っただろうが」
夏生は眉にしわを寄せて振り向くと、私にカフェラテとスコーンの入った紙袋を渡す。
「なんだよ、言われたら困る相手だったのか?」
「違いますよ! 違うけど、別に言いふらす必要はないんじゃないですか、って言ってるんです」
「あるんだよ」
「どうしてですか?」
「俺の好感度アップの……」
「もういいです」
私は紙袋を夏生に突き返すと、ひとりでエレベーターホールに向かう。
好感度、好感度って。
女性社員にもてることしか考えてない。
夏生って本当に最低な男。
自分のうちから傘を持ってきていなかった私は、夏生の傘に入れてもらいながら出勤した。
天気予報では雨のちくもり。
帰りにはやんでいるだろう。
会社に近づくにつれ、昨日と同じように数名の女性社員に会った。
夏生とにこやかに挨拶を交わしながらも、彼女たちが私に投げる視線には少し怖いものがあった。
狙ってる女性社員がいっぱいいると加地くんが話していたことを思い出してゆううつな気分になる。
夏生の隣で小さくなりながら、「なんでこんなことに」とぼやいた。
「ん? なんか言った?」
「なにも。私、メイズに寄るね」
「俺も」
メイズでは今日からラズベリーのスコーンが新発売になったらしく、レジでスタッフの女の子がおすすめをしていた。
おいしそうだし買っちゃおうかな。
新発売!と書かれたメニューポスターを眺めて、わくわくしながら並んでいると、肩をぽんと叩かれた。
「おはよ、大澤さん」
振り返ると、加地くんがにこにこしながらすぐ後ろに並んでいる。
「ラズベリーのスコーン、食べたいんでしょ。ごちそうしてあげるよ」
「ぽんと? やった!」
どうして加地くんはこんなにも乙女心がわかるんだろう。
癒し系スマイルといい、私のストライクゾーンを外さないこのきめ細やかな優しさといい、同期だけどお兄ちゃんみたいな人だ。
「しずく。ラズベリーのスコーン、俺が買ってやるよ」
加地くんと笑い合っていたら、突然隣から夏生が割り込んできた。
「え?」
「あ、水嶋さんおはようございます」
夏生に気がついた加地くんは後輩らしく礼儀正しい挨拶をする。
「しずくの同僚?」
「え? あ、はい。広域営業ニ課の加地です」
「あ、そう。俺、しずくの彼氏です」
「は?……あ、いや、すみません」
加地くんはあっけにとられた顔で私を見て「そうなの?」と小声で聞いた。
「そう……そうなの」
なにか言いたそうな加地くんをよそに、夏生はおかまいなしで続けた。
「まぁそういうことで、これからよろしく。しずく、なに飲む?」
「カフェラテ……」
夏生はカフェラテとラズベリーのスコーン、それにエスプレッソを注文し、商品を受け取ると加地くんに言った。
「じゃあお先に。ラズベリーのスコーンはもういらないから」
「……はい」
メイズを出て、会社のビルに入りながら私は「なんですか、今の!」と抗議した。
「せっかく加地くんがごちそうするって言ってくれたのに。しかも彼氏ですとかわざわざ言わなくていいじゃないですか!」
「敬語は禁止だって言っただろうが」
夏生は眉にしわを寄せて振り向くと、私にカフェラテとスコーンの入った紙袋を渡す。
「なんだよ、言われたら困る相手だったのか?」
「違いますよ! 違うけど、別に言いふらす必要はないんじゃないですか、って言ってるんです」
「あるんだよ」
「どうしてですか?」
「俺の好感度アップの……」
「もういいです」
私は紙袋を夏生に突き返すと、ひとりでエレベーターホールに向かう。
好感度、好感度って。
女性社員にもてることしか考えてない。
夏生って本当に最低な男。