うそつきハムスターの恋人
「水嶋さんの彼女、営業部の子だって」

喜多さんとのランチから戻って、会社の化粧室にいたときのことだ。
そんな話し声がして、私はトイレの個室から出にくくなってしまった。

「営業? 運営部と全然かかわりない部署じゃん。なんで? コンパ?」

「違う違う。ほら、こないだ水嶋さん腕を骨折したでしょ。そのときの子だって」

「あぁ、助けた子?」

「そうみたい。もう、一緒に暮らしてるらしいよ。水嶋さんが言ってたって」

「まじ? 早くない?」

「ねぇ? 私も思った」

夏生のやつ。
どれだけ言いふらしたら気が済むんだろう。

「相手、どんな子? 見たことある?」

「今朝、ふたりで歩いてるとこ見たけど、普通の子だったよ」

「普通?」

「うん、普通。美人ってわけでもないし、スタイルも別によくないし、おとなしそうな……なんていうかあか抜けない感じの子」

「水嶋さんの周り、いっぱいきれいな人いるのに、なんで? 水嶋さん、そういうのがタイプだったわけ?」

「さぁ……。ちょっと新鮮だっただけじゃないの? すぐ別れるよ、きっと」

「そうだよね。水嶋さんがコンパに来なきゃつまんないよね」

だよね、と言い合いながら、女性社員たちは出ていった。

長い長いため息をついて、個室を出る。
冷たい水で手を洗って、顔を上げると『あか抜けない感じの』私が、今にも泣きそうな顔をして鏡にうつっていた。

今まで、目立つ存在じゃないけどひたむきに生きてきたつもりだ。
人に憎まれることなんてした覚えもないのに。
どうして、トイレの中でこんなかげぐちを聞かなきゃならなくなったんだろう。

できることなら戻りたい。
奥田部長にメール便を届けたあの日まで。
そしたら私は絶対にエレベーターを使うんだ。
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