うそつきハムスターの恋人
ベッドの中
秋は一雨ごとに冬に近づいていく気がする。
「さむ……」
朝方、寒さと喉の痛みで目が覚めた。
耳を澄ませるとまだ雨の音がしている。
昨日の帰り道は雨がかなり降っていたからずいぶん濡れてしまった。
さらに最近は昼と夜の気温の差が激しくなってきていた。
どうやら風邪をひいてしまったようだ。
おでこを触るとかなり熱い。
しかも、体は熱いのに寒気がする。
こういう時は、これからもっと熱が上がるサインだとお母さんが言ってたっけ。
布団の中で震えながら明るくなるのを待って、リビングに向かうと、ちょうど起きてきた夏生と廊下で会った。
「しずく、おはよ」
夏生はおおきなあくびをした。
「おはよ」
立っていると頭が割れるように痛い。
だけど、鎮痛剤を飲んで痛みさえ治まれば出勤はできるだろう。
今までもそうしてきた。
今日は他部署との打ち合わせも何件か入ってるし、休むことはできない。
「顔、赤いぞ」
リビングのカーテンを開けていると、夏生が私の顔をじっと見つめた。
「熱、あるんじゃないの?」
そう言うと夏生は私に近づき、そっとおでこに触れた。
ひんやりとした夏生の大きな手のひらが気持ちいい。
「うわっ、あつ!」
夏生は手のひらを私のおでこに当ててたまま、「俺んち体温計ないけど、これはかなり熱がある」と断言した。
「風邪ひいちゃったみたい。でも私、鎮痛剤持ち歩いてるから大丈夫。仕事には行ける」
お薬を飲むならご飯食べなくちゃ、とつぶやいてキッチンに向かおうと歩き出したら、後ろからぐいと腕を捕まれた。
「なに言ってんの? そんだけ熱があるのに出勤できるわけないだろ」
怒ったような硬い声で言われて戸惑う。
休むと言って怒られるならわかるけど、どうして出勤するのに怒られなければならないのだろう。
「だって、今日は打ち合わせが……」
「無理して行って周りの人にうつしたらどうすんの? 熱でふらふらの時に無理して仕事していい結果がだせんの? 会社はただ行けばいいってもんじゃない。そういうの、自己満足っていうんだよ」
「……なにそれ」
夏生のひと言ひと言が風邪で弱った心にトゲを刺す。
どんなにひどい風邪をひいた時も、私は今まで絶対に会社を休んだりしなかった。
それが責任を果たすことだと思っていたし、社会人としての使命だと思っていたから。
休まずに会社に行くことはとても大事なことで、それができている自分を誇りにも思っていた。
なのに、夏生はそれを自己満足だと言う。
「打ち合わせの日にちを変えてもらって、次の時にちゃんとした仕事をすればいい話じゃないのか? 相手には迷惑をかけるかもしれないけど、少なくとも俺は熱でふらふらのやつと重要な話をしたいとは思わない。それくらいなら、スケジュールを変えられるほうがましだと思う」
夏生の言葉に腹が立って悔しくてどうしようもなかった。
喉も頭も捕まれた腕も痛くて、ぎゅっと目をつむったら、涙がこぼれた。
「誰だって風邪くらいひくだろう? 迷惑かけたと思ったんなら、仕事で挽回すればいいんだよ。仕事はひとりでしてるんじゃないだから、助けてもらったら、次に誰かを助けてあげたらそれでいいんじゃないのか?」
「離して」
涙を見られたくなくて、夏生に背を向けたまま腕を払う。
そのまま自分の部屋に戻ると、頭から布団をかぶって声を殺して泣いた。
夏生に言われた言葉が悔しかった。
風邪をひいてしまった自分も悔しかった。
なによりも悔しいのは、夏生の言うことが正しかったこと。
夏生は正しい。
正しいから、悔しい。
「さむ……」
朝方、寒さと喉の痛みで目が覚めた。
耳を澄ませるとまだ雨の音がしている。
昨日の帰り道は雨がかなり降っていたからずいぶん濡れてしまった。
さらに最近は昼と夜の気温の差が激しくなってきていた。
どうやら風邪をひいてしまったようだ。
おでこを触るとかなり熱い。
しかも、体は熱いのに寒気がする。
こういう時は、これからもっと熱が上がるサインだとお母さんが言ってたっけ。
布団の中で震えながら明るくなるのを待って、リビングに向かうと、ちょうど起きてきた夏生と廊下で会った。
「しずく、おはよ」
夏生はおおきなあくびをした。
「おはよ」
立っていると頭が割れるように痛い。
だけど、鎮痛剤を飲んで痛みさえ治まれば出勤はできるだろう。
今までもそうしてきた。
今日は他部署との打ち合わせも何件か入ってるし、休むことはできない。
「顔、赤いぞ」
リビングのカーテンを開けていると、夏生が私の顔をじっと見つめた。
「熱、あるんじゃないの?」
そう言うと夏生は私に近づき、そっとおでこに触れた。
ひんやりとした夏生の大きな手のひらが気持ちいい。
「うわっ、あつ!」
夏生は手のひらを私のおでこに当ててたまま、「俺んち体温計ないけど、これはかなり熱がある」と断言した。
「風邪ひいちゃったみたい。でも私、鎮痛剤持ち歩いてるから大丈夫。仕事には行ける」
お薬を飲むならご飯食べなくちゃ、とつぶやいてキッチンに向かおうと歩き出したら、後ろからぐいと腕を捕まれた。
「なに言ってんの? そんだけ熱があるのに出勤できるわけないだろ」
怒ったような硬い声で言われて戸惑う。
休むと言って怒られるならわかるけど、どうして出勤するのに怒られなければならないのだろう。
「だって、今日は打ち合わせが……」
「無理して行って周りの人にうつしたらどうすんの? 熱でふらふらの時に無理して仕事していい結果がだせんの? 会社はただ行けばいいってもんじゃない。そういうの、自己満足っていうんだよ」
「……なにそれ」
夏生のひと言ひと言が風邪で弱った心にトゲを刺す。
どんなにひどい風邪をひいた時も、私は今まで絶対に会社を休んだりしなかった。
それが責任を果たすことだと思っていたし、社会人としての使命だと思っていたから。
休まずに会社に行くことはとても大事なことで、それができている自分を誇りにも思っていた。
なのに、夏生はそれを自己満足だと言う。
「打ち合わせの日にちを変えてもらって、次の時にちゃんとした仕事をすればいい話じゃないのか? 相手には迷惑をかけるかもしれないけど、少なくとも俺は熱でふらふらのやつと重要な話をしたいとは思わない。それくらいなら、スケジュールを変えられるほうがましだと思う」
夏生の言葉に腹が立って悔しくてどうしようもなかった。
喉も頭も捕まれた腕も痛くて、ぎゅっと目をつむったら、涙がこぼれた。
「誰だって風邪くらいひくだろう? 迷惑かけたと思ったんなら、仕事で挽回すればいいんだよ。仕事はひとりでしてるんじゃないだから、助けてもらったら、次に誰かを助けてあげたらそれでいいんじゃないのか?」
「離して」
涙を見られたくなくて、夏生に背を向けたまま腕を払う。
そのまま自分の部屋に戻ると、頭から布団をかぶって声を殺して泣いた。
夏生に言われた言葉が悔しかった。
風邪をひいてしまった自分も悔しかった。
なによりも悔しいのは、夏生の言うことが正しかったこと。
夏生は正しい。
正しいから、悔しい。