うそつきハムスターの恋人
十階までかけ降りると、階段の一番下の段に座り込んで胸を押さえた。

嘘つきだなぁ、夏生くんは。
夏生くんってひどい男だね。

女の人の言葉が頭の中をぐるぐる回る。

会議なんてすぐ終わるくせに。

あの人はそう言った。
夏生は遅くなる、と言っていたのに。

見てはいけないものを見てしまったと思った。
というより、見たくなかったもの。

きれいな人だった。
洗練された大人の女。
白のシンプルカットソーにネイビーのスリムパンツスーツという、私なんかには絶対に似合わないコーデを完璧に着こなしていた。

きっと夏生は会議のあとにあの人と会う約束をしていたんだ。
会議は本当は早く終わるから。
嘘つきだなぁ、っていうのはきっと私に対してだ。
あの人は彼女がいるのに、自分と会っている夏生くんのことを嘘つきでひどい男だと言って、二人で私のことを笑っていたんだ。

「なんなの……」

本当の彼女じゃないんだから、あんな嘘までつかなくたっていいのに。
女の人と飲みに行くって言えばいいのに。
夏生が誰と会おうと私には関係ないはずなのに。

腹が立つ。
嘘をつかれたことが。
だまされて笑われていたことが。

ネクタイ変だよ、直してあげる。

腹が立つ。
触らないで、って思った自分に。
本当の彼女じゃないくせに、そう思った自分に。

うつむくと、ストライプ柄の自分のスカートが目に入った。

今日はしずくとお揃い。

朝にそう言われたことを思い出した途端、急に涙が溢れてきた。

もう嫌だ。
こんな気持ちになるのは。

もう嫌だ。
本物の彼女じゃないくせに、愛されてなどいないくせに、恋人のふりをするのは。

夏生にとっては、好感度を守るためだけに一緒にいるんだって頭ではわかってるのに。
お揃いにしたのも、そのためだって頭ではわかってるのに。

夏生が優しい顔で笑いかけてくれたりするから。
ずっと一緒にいてくれたりするから。

私だけ、ひとりだけこんなにも苦しい。

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