うそつきハムスターの恋人
full moon
加地くんが連れてきてくれたのは、駅の近くにある多国籍料理のお店だった。
大通りから一本筋を入ったところにある。
お店の前を何度か通ったことはあったけど、独特の雰囲気をかもしだしていて、今まで入ったことはなかった。
客席は全て個室で、全体的に薄暗く、隠れ家風という言葉がぴったりだ。
アジアンテイストの店内はバリの置物がところどころに置かれていて、案内されたソファ席には色鮮やかな異国ののれんがかかっていた。
「前から大澤さんと来たかったんだよね」
加地くんは顔馴染みなのだろう。
店員さんと親しげにあいさつをかわしてソファに座った。
青パパイヤのサラダ、タイ風ポテトサラダ、自家製オイルサーディン、トムヤムパスタ、ミーゴレン、真鯛のアクアパッツァ。
加地くんはメニューも開かず次々と料理をオーダーする。
そして、自分と私のために生ビールを二杯オーダーした。
「えーっと。なににかはわからないけど、とりあえず乾杯」
加地くんはにっこり笑って、ジョッキを控えめにカチン、と鳴らした。
「前から思ってたんだけどさ」
料理がひととおり揃い、店員さんがのれんが下ろして出て行くと加地くんは私を見つめた。
「ほんとに付き合ってるの?水嶋さんと」
私は口ごもる。
これでは、肯定したも同然かもしれない。
「付き合ってなんかないでしょ?」
加地くんは私を横目で見つめたまま、ビールをごくごくと飲んだ。
本当のことを話してしまおうかと一瞬考えた。
私たちは付き合ってなどいない。
ただ、怪我をさせたお詫びに身の回りのお世話をしているだけだと。
だけど、もし本当のことを話したら、加地くんはなんて言うだろう。
優しい加地くんのことだ。
もう水嶋さんの家を出なよ、と言うかもしれない。
家を出る?
夏生の家を出ていく自分の姿を思い浮かべたら、胸の奥がチクリとした。
「……付き合ってるよ」
私が静かな声で言うと、加地くんは眉毛を上げて私を見た。
それから「そういうことにしときたいならそれでもいいけど」と、言ってまたビールをごくごくと飲んだ。
「俺はおすすめしない、あの人」
「……どうして?」
「大澤さんを泣かせるから」
「別に水嶋さんに泣かされたわけじゃないよ」
加地くんはため息をついて、ビールを飲み干すと、おかわりを注文するために店員さんを呼んだ。
ビールと、私のコアントロートニックを注文すると、加地くんはソファにもたれて腕組みをする。
それからため息をひとつ。
「難攻不落だな」
「なにが?」
いや別に、と言って加地くんは少しだけ笑う。
そのあとは、もう加地くんは夏生のことやさっき泣いていた理由については一言も聞いてこなかった。
ただ、楽しい話だけを聞かせてくれた。
「バンド組んでるの? なにしてるの?」
「俺はギター」
加地くんは高校生の頃からずっとギターをやっていて、今でも働きながらバンド活動をしているという。
「バンドマンでも加地くんみたいにきちんと働いてる人もいるんだね」
喜多さんの彼氏はすぐにバイトをやめてしまうというのに。
「うん。他のバンドメンバーも全員働いてるよ」
「どんな音楽をしてるの?」
私が訊ねると、ビジネスバッグから、音楽プレイヤーを出してきて私の耳にヘッドホンをつけてくれた。
聞かせてくれたのは、にぎやかな英語歌詞のパンクロックだったけど、よく聞くとメロディがとてもきれいな、なんだか切ない歌だった。
「すてきな曲」
音楽を聴きながら、私が言うと、加地くんは照れくさそうに「俺が作ったんだ」と言う。
「加地くんが? 本当に?」
「うん。片想いなんだけど好きな人がいて、その人のことが本当に大好きだっていう曲」
「加地くん、片想いしてるの?」
ヘッドホンをしたまま、私が訊ねると加地くんはふわりと笑って答えた。
「うん。してるよ」
ヘッドホンからは加地くんが作った歌が流れる。
『 I want to have a place in your heart like you have a place in mine 』
( 僕の心の中にいつも君がいるように、僕も君の心の中に居場所が欲しいな )
大通りから一本筋を入ったところにある。
お店の前を何度か通ったことはあったけど、独特の雰囲気をかもしだしていて、今まで入ったことはなかった。
客席は全て個室で、全体的に薄暗く、隠れ家風という言葉がぴったりだ。
アジアンテイストの店内はバリの置物がところどころに置かれていて、案内されたソファ席には色鮮やかな異国ののれんがかかっていた。
「前から大澤さんと来たかったんだよね」
加地くんは顔馴染みなのだろう。
店員さんと親しげにあいさつをかわしてソファに座った。
青パパイヤのサラダ、タイ風ポテトサラダ、自家製オイルサーディン、トムヤムパスタ、ミーゴレン、真鯛のアクアパッツァ。
加地くんはメニューも開かず次々と料理をオーダーする。
そして、自分と私のために生ビールを二杯オーダーした。
「えーっと。なににかはわからないけど、とりあえず乾杯」
加地くんはにっこり笑って、ジョッキを控えめにカチン、と鳴らした。
「前から思ってたんだけどさ」
料理がひととおり揃い、店員さんがのれんが下ろして出て行くと加地くんは私を見つめた。
「ほんとに付き合ってるの?水嶋さんと」
私は口ごもる。
これでは、肯定したも同然かもしれない。
「付き合ってなんかないでしょ?」
加地くんは私を横目で見つめたまま、ビールをごくごくと飲んだ。
本当のことを話してしまおうかと一瞬考えた。
私たちは付き合ってなどいない。
ただ、怪我をさせたお詫びに身の回りのお世話をしているだけだと。
だけど、もし本当のことを話したら、加地くんはなんて言うだろう。
優しい加地くんのことだ。
もう水嶋さんの家を出なよ、と言うかもしれない。
家を出る?
夏生の家を出ていく自分の姿を思い浮かべたら、胸の奥がチクリとした。
「……付き合ってるよ」
私が静かな声で言うと、加地くんは眉毛を上げて私を見た。
それから「そういうことにしときたいならそれでもいいけど」と、言ってまたビールをごくごくと飲んだ。
「俺はおすすめしない、あの人」
「……どうして?」
「大澤さんを泣かせるから」
「別に水嶋さんに泣かされたわけじゃないよ」
加地くんはため息をついて、ビールを飲み干すと、おかわりを注文するために店員さんを呼んだ。
ビールと、私のコアントロートニックを注文すると、加地くんはソファにもたれて腕組みをする。
それからため息をひとつ。
「難攻不落だな」
「なにが?」
いや別に、と言って加地くんは少しだけ笑う。
そのあとは、もう加地くんは夏生のことやさっき泣いていた理由については一言も聞いてこなかった。
ただ、楽しい話だけを聞かせてくれた。
「バンド組んでるの? なにしてるの?」
「俺はギター」
加地くんは高校生の頃からずっとギターをやっていて、今でも働きながらバンド活動をしているという。
「バンドマンでも加地くんみたいにきちんと働いてる人もいるんだね」
喜多さんの彼氏はすぐにバイトをやめてしまうというのに。
「うん。他のバンドメンバーも全員働いてるよ」
「どんな音楽をしてるの?」
私が訊ねると、ビジネスバッグから、音楽プレイヤーを出してきて私の耳にヘッドホンをつけてくれた。
聞かせてくれたのは、にぎやかな英語歌詞のパンクロックだったけど、よく聞くとメロディがとてもきれいな、なんだか切ない歌だった。
「すてきな曲」
音楽を聴きながら、私が言うと、加地くんは照れくさそうに「俺が作ったんだ」と言う。
「加地くんが? 本当に?」
「うん。片想いなんだけど好きな人がいて、その人のことが本当に大好きだっていう曲」
「加地くん、片想いしてるの?」
ヘッドホンをしたまま、私が訊ねると加地くんはふわりと笑って答えた。
「うん。してるよ」
ヘッドホンからは加地くんが作った歌が流れる。
『 I want to have a place in your heart like you have a place in mine 』
( 僕の心の中にいつも君がいるように、僕も君の心の中に居場所が欲しいな )