うそつきハムスターの恋人
私はコアントロートニックをもう一杯の他に、カミカゼとサイドカーも飲んだ。
加地くんの穏やかな話し方や笑顔は私をどうしようもなく安心させてくれる。
それに加地くんのバンドの話や音楽の話は楽しかった。
ライブの時にドラムの人が毎回スティックを折ってしまう話とか、PAと呼ばれる音響の技術者の人と喧嘩した話とか。

「スティック折られると、チップが飛んで大変なことになるんだよ。なのに、毎回テンションがあがって折るんだよね、ドラムのやつ。あ、そいつ、裁判所で書記官の仕事してるんだよ、びっくりするでしょ」

「そのドラムのやつがね、ドラムのマイクセッティングしてるときにシンバル叩くの。で、うるせぇってPAに怒られて謝れば良いのに言い返すからけんかになったんだよ。いまだにそのライブハウスでやるとき気まずいからね」

「あとさ、一緒にライブした他のバンドとライブの後打ち上げするんだけどね。ロックの定義について話し出したら止まらなくなって、こないだ一晩中しゃべってた。ロックとはなんぞやって話で一晩だよ」

そんな話に笑っていると、沈んでいた気持ちが少し晴れていく気がした。
加地くんと今までこんなプライベートな話をしたことがなかったから、違う一面を知ったことでまた仲良しになれた気がして嬉しかった。

「さすがにそろそろ帰らなきゃ明日がきついかなぁ」

だけど、そう言って加地くんが携帯を見た途端、しゅるしゅると現実に連れ戻されてしまった。

もう夏生は帰ってきているだろうか。
まだあの女の人と一緒にいるかもしれない。

急に黙り込んだ私を加地くんはちらっと見て、少し困った顔になる。

「そういう顔を今されると俺は本当に困る」

「えっ? あ、ごめんね。帰ろっか」

加地くんに気をつかわせてしまった。
慌ててバッグを持って立ち上がると、加地くんが私の手を握ってぐいっと引っ張った。

あ、と思った時にはもう私は加地くんに抱き締められていた。

「か、加地くん? あの……」

「……ごめん。なんか俺、かなり酔ってるみたい」

背中に回された腕の力が一瞬強くなって、次の瞬間にはぱっと腕が解かれた。

「ごめんね、帰ろっか」

加地くんはそう言ってふわりと微笑んだ。
うん、と返事をしながら、さっきのはなんだったのだろうと考えた。

きっと、加地くんは見た目以上に酔っているんだ。
そう思うことにしよう。
あの行動にもし深い意味を見つけてしまったら、私と加地くんは今みたいに仲良しでいられなくなるかもしれないから。

ただ、背中に回された腕の感触と、頬に当たった加地くんの胸の温かさだけは簡単に忘れられそうになかった。

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