うそつきハムスターの恋人
「どう?」

メイクをして夏生の前に立つと、夏生は「うん、大丈夫」と何度もうなづいた。

保冷剤のおかげでまぶたの腫れはすっかりひき、いつも通りの視界がもどっていた。

会社までの道を並んで歩きながら、夏生は思い出したように「あ」と一瞬足を止める。

「忘れてた。今日、診察の日だった」

「腕の?」

「そう。すっかり忘れてた」

夏生は再び歩き出しながら顔をしかめて「めんどくせえな」とぼやく。

怪我をして今日でちょうど一週間だ。
骨がきちんとくっついてきているかを診てもらうのだろう。

「私も行く。経過も気になるし」

本当の理由はそれだけじゃなくて、このままだと夏生が病院をさぼりそうだったからなのだけど。

夏生は私をちらりと見ておかしそうに笑った。
しずくの考えなんてまるでお見通しだよ、と言いたげに。

「わかった。じゃあ、仕事が終わったら運営部に呼びにきてくれる?」

「病院は何時まで?」

「七時」

遅くても六時過ぎには会社を出ないと間に合わない。
了解、と返事をしながら、頭の中で今日のスケジュールを逆算した。
たぶん、間に合うだろう。

出勤前に、いつも通りふたりでメイズに立ち寄ると、ちょうど店から出てきた喜多さんに会った。

「おはようございます」

私があいさつをすると、喜多さんは「お? 仲いいじゃん」と、私と夏生を交互に見て嬉しそうに言う。

「水嶋くん、うちの後輩大事にしてあげてよ」

喜多さんが私の肩を抱いてひやかすように言うので、私は泣きたくなった。
よりによって、あんな大喧嘩をした次の日にこんなことを言われるのはつらい。
夏生だって、なんて返せばいいか困るだろう。

「喜多さんたらぁ、やめてくだ……」

「するよ。もちろん大事にする」

笑ってごまかそうとへらへらしていた私の目をまっすぐに見て、夏生がきっぱりとそう言った。

喜多さんは驚いて、え?と一瞬で真顔になったけど、それよりも驚いていたのは私だった。

「……安心したわ、それ聞いて」

喜多さんは嬉しそうに微笑むと、「じゃあ、おっさきー」と手を振ってメイズを出て行った。

ほんといやになっちゃうなぁと私は思う。
夏生と出会ってから、私の心は揺れて揺れてまったく落ち着かない。
泣いたり、怒ったり、悔しかったり、悲しかったり。
それに……嬉しかったり。

「しずく。カフェラテ?」

夏生が振り向いて確認する。

「ラズベリーのスコーン、いる?」

穏やかな声で訊ねた夏生に、私は下を向いたまま、うなづいてみせた。

赤くなっているであろうこの頬を夏生に見られないように。


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