うそつきハムスターの恋人
私がメイズに出会ったのは大学進学のために上京した時。
地元にはメイズがなかったから、こっちにきてあちこちにメイズがあるのを知って驚いた。

私が働いていた店は、通っていた大学からすぐ近くの商店街の中にあり、そのエリアで一番最初にできたフランチャイズのお店だった。
オーナー兼店長は老夫婦で、古いけれど常連さんに愛される、とても温かないい店だったと思う。

三年目には新人のトレーニングをするスタッフリーダーにもなり、 私はそこで卒業するまで四年間働いた。
区画整理という名のもとに、店が閉店するその日まで。

『メイズの本社から、新しい商店街の方ででまたメイズを出店しませんか、って言われてるの。だけど、私たちはもう歳だし、店長をするのは厳しいと思う。しずくちゃん、もしできれば、あなたが店長になってこの店を継いでほしいと思っているのだけど』

閉店後、誰もいない客席で店長でもある、オーナーの奥さんに言われた言葉だ。

『私には店長なんて無理です。できません』

あの日そう言った私を、店長も、オーナーも、当時担当スーパーバイザーだった蒲田(かまた)さんという人も、誰一人として、責めなかった。

私を除いては。

最後の営業日には、たくさんのお客様が閉店を惜しんでくれた。

『あなたの笑顔が見られなくなるのはとても寂しい』

『このお店がなくなるのはとても残念だ』

そう言ってくださるお客様がとても多くて、私はそのたびに涙をこらえるのに必死だった。

今でも夢に見る。

夢の中の私は、メイズの制服を着ていて笑っている。
スタッフがオーダーを通す声、体を包むコーヒーの香り、お客様の笑顔。

ピークと呼ばれる忙しい時間帯のオーダーを、ミスなく完璧に出せた時の快感や、好みを覚えて先にミルクやシュガーを出した時のお客様の嬉しそうな顔や、新人トレーニングを終えたスタッフのネームプレートから、若葉マークが取れた時の喜びなんかに包まれて、メイズで働くのが楽しくてたまらないっていう顔で、笑っている。

目がが覚めて思う。

あそこには私はもう二度と戻れないんだな、と。
あの店はもうなくなってしまったんだな、と。

他の店舗で働くことは、考えられなかった。
だけど、メイズから離れることも出来なくて、私はメイズ本社の営業部に就職した。

もしかしたらそれは、あの店を継ぐことができなかったことへの、私なりの罪滅ぼしなのかもしれない。

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