うそつきハムスターの恋人
午後からは睡魔との戦いだった。
昨日の夜更かしが原因だ。
メイズで淹れてもらったカフェラテを飲んでいても、頭がぼんやりする。

「手が空いてる人、これ商品企画部に持って行ってくれますか?」

また郵便物が紛れ込んでいたのだろう。課長が大きめの封筒をひらひらさせている。

「私、行ってきます」

私は立ち上がった。
眠気覚ましにちょうどいい。

課長から受け取った封筒を手に、部署を出て階段で十一階にむかう。
階段はひんやりとしていて少し頭がすっきりした。

無事に書類を届け、廊下を歩いていると、後ろから「しずく!」と呼ばれた。
振り返ると、運営部から夏生が出てくるところだった。

「めずらしいな、このフロアで会うなんて」

会社の中でであまり話すことがないから、どう接していいかわからなくてドキドキする私をよそに、夏生はいつも通りの口調で話しかけてくる。

「商品企画部の郵便物が紛れ込んでてお届けに……」

「そっか。俺は眠くてコーヒーでも買いに行こうかと思ってさ」

「夏生も眠いの?」

「しずくも?」

私たちは目を合わせてくすくすと笑った。
まるでないしょ話をする時みたいに。

「しずくがあんな映画、最後まで見るから」

「夏生だって面白がってたくせに」

夏生は笑いながら、休憩スペースに向かって歩き始める。
並んで歩きながら、夏生が「今日は早く帰るよ」と言う。

「早く帰って早く寝ないとな」

「そうしよう、そうしよう」

晩ごはんは何にしようかな。
夏生が早く帰ってこれるのならお鍋もいいな。

「またあとでね」

階段まで一緒に来てくれた夏生に、私は小さく手を振ってから階段を下りる。

「しずく!」

踊り場まで来たところで、呼び止められた。
足を止めて見上げると、夏生がかけ降りてきて私の目の前に立つ。

「今日……一緒に帰ろうか」

夏生は、首の後ろに手をやりながら照れくさそうに言った。

「しずく、何時くらいに終わる?」

「七時には終わる」

終わらせてみせる。

「じゃあメイズの前で七時な」

夏生は早口で言うと、階段を二段飛ばしで登っていった。

それを見送ってから、私は階段を一段ずつゆっくり降りた。

今日の仕事は、絶対七時に終わらせてみせる。






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