うそつきハムスターの恋人
七時ちょうどにメイズの前に行くと、夏生がもう立っていた。

「遅くなってごめんね」

駆け寄った私の姿を見て、夏生はあれ?と眉をしかめる。

「しずく、ブランケットは?」

「……前に家に持って帰ったの、忘れてた」

夏生はやれやれ、という顔をして自分のマフラーを外すと、今朝と同じように私の首にぐるぐると巻いてくれた。

マフラーにはまだ夏生の体温が残っている。

私の髪を夏生がふわりと出してくれている最中、会社から女性社員が数人、おしゃべりしながら出てきた。

「あ、水嶋さんお疲れ様でーす」

一人の女性社員が夏生に気がつくと、他の社員も口々に「お疲れ様でーす」と言う。

「夏生、マフラーいいよ」

彼女たちの視線を感じて、私がマフラーを外そうとしたら、夏生がその手を掴み「帰るぞ」と言って歩き始めた。

「お疲れ」

夏生は笑顔でそう返すと、私の手を握ったまま女性社員の目の前を悠々と通りすぎた。

好奇心と嫉妬が混じった視線が痛くて、夏生のマフラーに鼻をうずめながら、夏生が前に話していたことを思い出す。

『一ヶ月間は仲のいい恋人を演じてほしい。水嶋さんって彼女をすごく大事にするんだ、って好感度がまた上がるだろう?』

忘れちゃいけないのに。
このマフラーもこの温かい手のひらも、全部そのためだってこと。

忘れちゃいけないのに、私はすぐに忘れてしまう。

それならば、いっそのこと、思い出さずにいられたら楽なのにな。

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