うそつきハムスターの恋人
「でもさ、井谷さんのことは気にしなくていいよ、しずくちゃん」

食べて空になった枝豆のさやを、ぽいと器に投げて宮下さんは言う。

「あの人、魔性の女っていうかさ、ボディタッチとかも多いけどそういう人だから。俺もたまに距離が近くてドキッとする時あるもん。まあ、水嶋が狙われてないと言ったらうそになるけど……でもこいつ、しずくちゃんひと筋だからね」

「お前、さっきからなんなの? 余計なこと言うなよ、まじで」

夏生が自分をにらんでいることに、宮下さんはあからさまに無視をして続けた。

「こないだのエリア会議のときも……」

な?と振られて、夏生は「もうやめてくれ……」と力なくつぶやきながら、後ろの壁にもたれた。

「なんですか? エリア会議のとき」

夏生と喧嘩した夜のことだ。
私には遅くなるって言ったのに、あの井谷さんという人と会っていた夜。
私は思わず、身を乗り出す。

「エリア会議が終わったあと、『飯行こうぜ』って水嶋が誘うから、『彼女が待ってるんじゃないの?』って俺が聞いたら、こいつ、なんて言ったと思う? 『もし会議が遅くなって起きて待ってたらかわいそうだから、今日はいらないって言ってきた』とか言うの」

『起きて待っていたらかわいそうだから』

私はうつむいた。
涙が出そうになって。

「起きて待ったらかわいそうって!! どんだけ好きなんですか!? って感じだよ」

宮下さんは私が照れてるとでも思ったのが、わははと笑う。

「そういえばあの日も、会議の後に飲みに行こうって井谷さんに迫られたらしいよ、こいつ。でも、きっぱり断ったんだって。俺、彼女がいますんで、って」

夏生はもうあきらめた様子で、壁にもたれたまま、黙ってビールを飲んでいる。

「そしたら、『ひどい男ね』みたいなこと言われて、ネクタイさわられたから、首を絞められるかと思って超びびったらしいよ」

宮下さんは、夏生に向かって「水嶋クン、意外と怖がり」と言って、もう一度わははと笑う。

……夏生は、女の人と会っていなかった。

私は目の前の自分のジョッキを見るともなく見つめていた。
ビールはもう残り少なくて、ジョッキには泡の輪が残っている。
隣のテーブルで、サラリーマンたちが一斉にどっと笑う。

『夏生の嘘つき』
『だいっきらい』
『もう帰る』

そう言った私の言葉を、夏生はどんな思いで聞いていたんだろう。
どんな気持ちで私の背中をなでていたんだろう。

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