うそつきハムスターの恋人
テーブルに戻ると、ビールのお代わりが届いていた。
せっかくの泡が少し消えかけている。

「飲もう飲もう!」

「飲みましょう!」

これからが本番だ、とばかりジョッキを掲げる宮下さんと私を横目に、夏生は左手でぶり大根をつつく。

夏生は優しい人だ。
ぶっきらぼうだし、たまに厳しいことも言うし、女性社員の好感度をあげるためだけに、偽者の彼女を作っちゃうような女好きだけど。

期間限定のうわべだけのものなのに、私に対する優しさとか気遣いとか誠実さとかが、ちゃんと今は私だけに向けられているって感じさせてくれるから。

しあわせだって、感じさせてくれるから。

夏生は優しくて、そしてずるい。

「童顔のしずくちゃんが、ビールをぐびぐび飲むというギャップがいいね」

宮下さんは笑いながら、夏生のぶり大根を没収する。
夏生が「俺、それ食べてたんだけど」とぼやく。

「水嶋も酒飲みだからなぁ。結婚したら、毎月の酒代がすごいだろうな」

「け、結婚!?」

私は思わず大声を出し、夏生は思いっきりむせた。

「するんでしょ? 運営部ではもうそういうことになってるけど」

宮下さんは、私と夏生を交互に見ながら、ぶり大根を口に放り込んだ。

「なんでそんなことになるんだよ」

「こないだ飲みに行ったとき、部長がはりきってたよ。『俺が仲人するんだ』とか言って。でもいまどき、仲人とかたてないからなぁ。……そうだ、スピーチやってもらえばいいよ」

ここまで勝手に話が進んでいるなんて、もう笑うしかない。
夏生と私が顔を見合わせて、ははは、と力なく笑っていると、振動音がしてテーブルに置いてあった夏生のスマホが着信を知らせた。

「うわ、店からだ。なんかあったかな」

担当店舗の店長かオーナーから電話があったのだろう。
夏生は「ちょっとごめん」と立ち上がると、スマホを持って小上がりから出て行った。

「水嶋、忙しいからなー」

宮下さんが同情するような声で言った。

「俺なんかはさ、同じ運営部でも課がちがうから。スーパーバイザーはほんと大変だと思うよ」

「そうですよね」

「しずくちゃんと付き合うまで、会社に泊り込んで仕事したりしてたんだよ、あいつ」

「泊まり込み、ですか?」

忙しいだろうとはなんとなく思っていたけど、帰れないほど忙しいなんて想像以上だった。

「でも、今は毎日ちゃんと帰ってくるでしょ? 帰るために必死で仕事してるもん、あいつ」

私のジョッキを見て、宮下さんがドリンクのメニューを渡してくれた。

私が「梅酒、ロックで」と言うと、宮下さんは「俺はポン酒のも」と笑って店員さんを呼ぶ。

「水嶋ね、コンパには行くくせに、特定の子とつきあうことは今までなかったの。だからふらふら遊んでばっかりいる、すごい軽いやつだと思われてるけど、大学の時とか入社したばかりのころは、コンパなんかに行くやつじゃなかったんだよ」

梅酒と日本酒を注文すると、宮下さんはほんのり赤くなった瞳を私に向けて微笑んだ。

「ここ一年くらい、忙しいくせに毎週のようにコンパに行ってたし、なにしてんだろこいつ、って思ってたんだけど、本当にいい子に出会えてよかったよ」

「お待たせしました」

店員さんが、私の目の前に梅酒を置いた。
大きな氷がからん、と音を立てる。

宮下さんはにこにこしながら、私を見ている。
ちくり、と胸が痛んだ。

喜多さんと同じで。
本当のことを知ったら、きっとがっかりさせてしまうんだろうな、と思ったから。

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