うそつきハムスターの恋人
ぶらぶらしていると、きれいなブルーの瞳をした観光客が、ガイドブックを片手に英語で話しかけてきた。

夏生が流暢な英語で話しているのを横目に、私が稲荷神社にお供えされた油揚げを眺めていると、その人が 「オーケー」と言うのが聞き取れた。
観光客は私たちに手を振り、にっこり笑って去って行く。

「夏生、英語話せるんだね」

自分が全く話せないから、尊敬する。

「そんな難しい会話してない」

夏生は少し照れたように、さらりと答えた。

歩き疲れた私たちは、常夜燈のそばの石のベンチで、休憩することにした。
ベンチは固くて冷たかったけど、それさえも気にならないくらい、私はとても幸福な気持ちだった。

私の隣には夏生がいて、私の右手は夏生の左手の中にあるから。
夏生の手のひらは大きくて温かくて繋いでいると私はとても安心する。

「もう冬だな」

夏生がつぶやくように言う。

「俺、冬って好き」

「どうして?」

「自分が生まれた季節だから」

私は首をねじって夏生の顔を見た。

「夏生まれだと思ってた」

「うん。よく言われる」

「どうしてなのかな?」

夏に生まれるって書いて夏生なのに、冬生まれ。
私は首をかしげる。

「俺さぁ、今でこそこんなでかいし元気なんだけど、生まれた時は、低体重で危なかったんだってさ。で、もう駄目かもなんて医者から言われた親が『夏まで生きられますように』と願って夏生とつけたらしい」

夏まで生きられますように、か。

「そっか。それで夏生。いい名前だね」

にっこり笑って夏生を見て「私も冬、好き」と付け加えた。

「しずくはいつ? 誕生日」

「私? 私は春。三月」

だから今までは、春が一番好きだった。
でも、今は冬が一番好き。
夏生が生まれた季節だから。

「ふぅん」

夏生は私の手を握る手に少し力を加えて、空を見上げた。
私も真っ赤な空を見上げて、思う。

『秋も冬も春も夏も、夏生と一緒に生きられますように』

ギブスがとれたら、全て終わりだと思っていたのに。

いつのまにか、終わりにしたくないと願っている私がいる。

そんな自分の気持ちを認めてしまうのが、ずっと怖かったけど。

「しずく」

夏生がずっと遠くを見ながら、穏やかに私の名を呼ぶ。

「ここ、桜の時期もきれいだろうな」

「……うん」

夏生はそれ以上、なにも言わなかった。
だけど、その言葉の続きを私は聞こうとはしなかった。
ただ、繋いだ手に少し力を込めた。

ギブスが取れたら。
気持ちを伝えよう。

本当の恋人になりたいって。
夏生の本当の恋人になりたいって。





< 72 / 110 >

この作品をシェア

pagetop