うそつきハムスターの恋人
「ありがとうございました」

夏生の隣で私は看護師さんに頭を下げた。

「ギブスが外れたばかりで痛みがあるかと思いますので、あまり無理しないようにしてくださいね。次回からはリハビリになります。お大事に」

夏生の右腕には、固定のためのサポーターが巻かれていた。

ずっと曲げていたせいで、まだまっすぐにはできないようだ。

夏生はぺこりと看護師さんに頭を下げると病院の出口に向かった。

ギブスがやっと外れたというのに、相変わらず、夏生の表情は固いままだ。

よっぽど、ギブスカッターが怖かったのかもしれない。

「よかったね、無事に外れて」

駅まで歩きながら、夏生の横顔に話しかける。

夏生の横顔はとてもきれい。

夏生は前をじっと見たまま「うん」と返す。

まだ六時前だというのに、空は暗かった。
明日は雨が降るのかもしれない。
湿った風が、私と夏生の髪を揺らす。

ギブスが外れたおかけで、夏生はコートのボタンをきちんとしめられるようになった。
そのことも、私には嬉しかった。
これから、冬本番になる。
その前にギブスが外れて本当によかった。

だけど、夏生の顔はやっぱりこわばったままで、その表情から、ギブスが外れたことに対する嬉しさはひとかけらも見つけられなかった。

「……夏生?」

嬉しくないの?と聞こうとして、やめる。
あまりにも馬鹿馬鹿しい質問だと気づいたから。
だって、嬉しくないはずがない。
あんなもの、ないほうがいいに決まってる。

「……なに?」

「なんでもない」

私はまた黙って歩いた。

ギブスが外れたら、気持ちを伝えると決めていたのに、いざとなると緊張してなにも言えない、臆病な自分に嫌気がさす。

もう少し、あとにしよう。
今はギブスが外れたことで頭がいっぱいのはずだから。

そんないいわけを心の中でつぶやく。

もう少しあとで言おう。

空を見上げても、星は見えなかった。
星が見えていたら、きっと言えるのに。



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