うそつきハムスターの恋人
来たときと同じように、ピンクの大きなスーツケースに自分の洋服や化粧品を次々に放り込んで、無理矢理閉めた。

何度もいい、と言ったのに、夏生は私を家まで送ると言いはった。

だから、私は笑って答える。

「このあと、友だちと会う約束してるから」

本当に私は嘘つきだ。

自分でも嫌になるくらい。

でも、私がこんなに嘘つきになってしまったのは、夏生のせいだ。

あんな風に優しくされて、夏生を好きにならない女の子がいるだろうか。
愛されてるかもって勘違いしない女の子がいるだろうか。

井谷さんの言う通りだ。
きっとああやって何人も女の子を泣かせてきたんだ。

『夏生くんって、ほんとひどい男だね』

その通り。

「じゃあね」

マンションの前でタクシーを拾うと、私は振り向いて笑う。

「あ、円満に別れたってことにするんだったよね? 夏生もそれでよろしくね」

早口で言ってから、 スーツケースを力任せに後部座席に押し込み、その隣に乗り込んだ。

「ではお大事に。リハビリ、痛いからってさぼっちゃダメだよ」

ドアがバタンと閉まる。

タクシーの中から夏生の顔を見上げた。

ほら、こういうところがダメなの。
どうして、別れ際にそんな悲しい顔をするの?
だから、女の子に誤解されちゃうの。
バカだね。
夏生は。
なんにも、わかってない。

「ばいばーい」

こうやって笑って手を振ればいいの。
別れ際に悲しい顔を見せていいのは、本当の恋人の時だけだよ。

「すみません。出してください」

タクシーは静かに走り出した。

夏生の姿が見えなくなるまで。
どうか、涙。
こぼれないでね。







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