うそつきハムスターの恋人
そのまま、宮下さんはカフェスペースまで私を連れて行くと、自動販売機で温かいミルクティーを買った。
がこんと大きな音がして出てきたそのミルクティーを、宮下さんは「はい、どうぞ」と私の手に載せてくれる。

「え? いいんですか?」

まさか、私の分だと思わなかった。

「ミルクティーでよかった? 女の子ってだいたいミルクティー好きだからそれにしたんだけど」

笑いながら、宮下さんは自分のために、今度は缶コーヒーを買う。

「ありがとうございます」

手の中のミルクティーはとても温かくて、なんだかほっとした。

「こんなところまで連れ出してごめんね。しずくちゃん、運営部ではちょっとした有名人だからさ」

「え? どうしてですか?」

「水嶋が毎日しずくちゃんのことばかり話してたから」

宮下さんは苦笑した。

「なにを……」

「話していたかって? そりゃもういろいろだよ。まぁ、ノロケ話だよね」

どうしてそこまで徹底的に仲のいい恋人を演じていたんだろう。
別れたあとのこととか、考えなかったのかな……。

「私、恥ずかしくてもう運営部には入れませんよ」

困ったなぁ、と私は付け足して苦笑する。

宮下さんは、何かを探るように、私の顔をじっと見つめた。
それから長いため息をひとつついた。

「……ええと、最近さ、うちの課の女の子から、水嶋としずくちゃんが別れたって本当ですか、なんて聞かれたんだけど」

宮下さんは缶コーヒーを両手で持ちかえながら、言いにくそうに切り出した。

「別れてなんかないよね?」

そうか。
少しずつでも、ちゃんと噂は広がってきてるんだな、と変なところで安心した。

「別れましたよ」

なるべく、あっけらかんと聞こえるように、注意しながら私は答えた。
『円満に別れたことにする』
そう夏生と約束したことを思い出したから。

宮下さんは、黒縁めがねの奥の目を丸くし
てしばらくぽかんとしていた。

「……ほんとに?」

ええ、そうですとも。
私はそんな顔を作ってうなづいた。
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