うそつきハムスターの恋人
「……水嶋さん」

ふと、そんな言葉が耳に入ってきて、はっと我に返った。

レジの子が新人研修をしながらオーダーを通しているせいで、列はほとんど進んでいなかった。

「それ、ほんと?」

「広報部の子が言ってたらしいよ。最近、別れたみたいって」

「あ、それ私も聞いた」

私の二人分くらい後ろから、そんな会話が聞こえてくる。
少なくとも三人の女性社員がいるようだ。

「最近、一緒にいるとこ見ないなとは思ってたけど」

「結構、仲よさそうだったのにね」

「あのクールな水嶋さんが『俺の彼女、ハムスターみたいで、すごいかわいいんだよな』とか言うから、運営部のみんなが固まったって聞いたよ」

「彼女のこと、すごい大事にしてたっぽいよね。コンパにも全然来なくなったし」

私は手のひらのメモを握りしめた。
できることなら列から抜けたかったけど、二課のみんながコーヒーを待っていると思うと動けなかった。

「水嶋さんのイメージ、すごい変わったと思わない?」

「思う思う。彼女は作らない主義なのかなとか思ってたけど、付き合ったら一途って感じ」

「遊び人っていうイメージあったけど、付き合ったら大事にしてくれるんだーみたいなね」

私は前だけを向いてじっとしていた。
息さえもひそめて。

女性社員たちは「そうそう」と言い合いながら、笑う。

「別れたって聞いて、みんなの目の色が変わったよね」

「でも別れたばっかりだよ?」

「だから、みんな狙ってるんじゃない。だって、あれだけかっこいいんだよ? きっとまたすぐに彼女なんてできちゃうよ」

私は唇を噛んだ。
絶対に泣くもんか。
こんなところで泣くなんて、なんだか惨めだ。

「お待たせいたしました。ご注文をお伺いします」

ネームプレートに若葉マークをつけた女の子が、赤い頬でお辞儀をした。
私はレジの女の子にメモ用紙を見せる。
メモ用紙は、汗でくしゃくしゃになっていた。










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