うそつきハムスターの恋人
人畜無害なオトコ
顔を見た瞬間にわかった。

金曜日の六時過ぎ、課長に頼まれていた収支シュミレーションを仕上げて、パソコンを閉じた私は伸びをしていた。
その時、いつものように、化粧室からメイクポーチを持って戻ってきた喜多さんが、私の側までまっすぐに歩いてきた。

伸びをしながら、喜多さんの顔を見て、その瞬間わかった。

『とうとう噂が耳に入ったな』と。

「大澤」

「はい」

「飲みに行こう」

「今からですか?」

「今からよ」

「わかりました」

喜多さんは驚くほど無表情だった。
黙っていたことを怒っているのかもしれないと思うとゆううつな気持ちになる。
どう言い訳をすればいいだろう。

「加地」

「はい」

向かいの席でことの成り行きを見守っていたであろう加地くんは、背筋をぴんと伸ばした。

「あんたも行くよ」

「はい」

加地くんはパソコンの間から私の顔を見ると、おどけた顔をしてみせた。

こういう時の喜多さんに逆らないほうがいいと知っているのだ。

なにも事情を知らない加地くんは、ただの道連れだろう。
気の毒だし私のせいで申し訳ない。
だけど、いい機会だし、この際加地くんにも別れたことを話しておこうと思った。

私と加地くんは桃太郎にお供する猿や犬のように、黙って喜多さんのうしろについて部署をあとにした。

加地くんがそっと「ウコン買ってきたほうがいいかな」と私にたずねた。

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