ノーティーアップル
駅までは歩いて5分もかからないはずなのに、果てしなく遠く思えた。
終電間に合いそう?
あ、まだ大学時代に住んでたところにいるんだ。あそこからだとちょっと遠いもんね。
というか急に寒くなったよね。風邪ひきそう。
そんなテンプレートを駆使したようなトークでなんとか間をもたせて駅までたどりついた。
胸をなでおろし、改札の前で立ち止まって彼女に挨拶をする。
「じゃあ、僕は地下鉄だから。気をつけて帰ってね」
しかし、思いつめたような顔をして動かない彼女。
おいおい、終電が無くなるんじゃなかったのか。
「…どうかした?」
情けない声が出た。
何も言わずに強い視線で見つめてくる目の前の女性。もともと黒目がちな大きい目でそんな風にされたら、怖気付いてしまう。
あまり勘は鋭いほうじゃないけど、このただならぬ雰囲気はさすがに察することができた。
「凪、全然変わってない。優しいふりして、全然優しくない。無難な選択ばっかりして。それ、直したほうがいいと思うよ」
聞き覚えのあるセリフにきょとんとしていると腕を掴まれて、気づいたらキスをされていた。
「私の気持ちは前と変わってない。悔しいけど、やっぱり久々に会ったらあなたにときめいてる自分がいるのに気付いちゃった」
え、この子ってこんな大胆だったっけ。
言葉に詰まっていると、ため息をつかれた。これもなんだかデジャヴ。
「ごめん、ちょっと強引だったかな。でも私の気持ちはそんな感じだから、少し色々考えてくれると嬉しい。じゃあ、今日はとりあえず帰るね、おやすみ」
そう言って颯爽と改札を抜ける彼女。
…なんだったんだ、あれ。
揺れる彼女のストレートヘアーと薄手のトレンチコートの裾を見ながら、しばらく改札前に立ち尽くしてしまった。