嘘から始まる恋だった
「わ、私の部屋に来るんですか?」
「うん」
「まだ、何も揃えてないですよ」
「大丈夫…これから買いに行けばいい」
「ハーァ」
ーーーーーー
一歩も譲る気のない男と手を繋いだままアパート近くのショッピングセンターへ。
先に必要な鍋や食器類を購入。それもなぜかペアで…
本当なら、出来合いの水を入れて温めるだけでいい一人用のアルミ鍋にする予定だったのに、本格的に買いだす部長。
鍋を作るのにいったい、いくら使うつもりなのだろう?
これなら、セットになっているアルミ鍋の方が絶対安くすむのにと思いながらも、楽しそうに購入していく部長に言えなかった。
「よし…次は食材だ。なに鍋にしようか?」
カートを押してスーパー内を歩き出し、食材を見て回る。
「部長は、嫌いな物ってあるんですか?」
「…麗奈…違うだろう⁈部長じゃなくてなんて呼ぶんだった?」
「あっ、すみません…高貴さんは…」
切れ長の目を細め不機嫌丸出しの部長。
「……高貴は嫌いな食べ物あるんですか?」
頑張って名前呼びして聞き直す。
「名前呼びしてるのに、敬語って変じゃないか?…この際、敬語禁止ね」
それなのに、敬語禁止って…
ハードル高すぎです。
「無理です…」
「あぁ…ですはいらない」
声のトーンが低くなり、ちょっと怖いです‥部長。
言い直せと言わんばかりに催促してくるから…
「無理…だよ」
「まぁまぁだなぁ…」
ニカッと笑う部長を恥ずかしくてまともに見れないで視線をそらせば繋いだままの手が…
会社でも、義兄の前でもないのに…いったいいつまで手を繋いでいないといけないのだろうか?
その上、本当の恋人のように振る舞う部長に戸惑うばかり。
結局、好き嫌いがないということで寄せ鍋になり、2人用にカットしてパックになっている野菜を購入し、後は足りない魚介類や肉類を足して買い物終了。
名前呼びも無理だし、敬語も抜けきらないので極力、喋らなくてもすむように身振り手振りでしていた私。
それが気に入らないらしい部長は、どんどん機嫌が悪くなっていった。
「家はどの辺?」
「すぐ、そこ…(です)」
最後の言葉を飲み込む。
鍋類と買い物袋を両手に持って私の横を歩く部長‥
申し訳なくて何度もどちらか持つと言っているのにウンとは言わない。
車も通らない薄暗い道を抜けたところでアパートが見えてきた。