嘘から始まる恋だった
甘く、優しく囁く声。
そして、顔がどんどん近づいてきて、鼻先が触れそうで触れない距離。
「俺の名前を呼んで…お願いしてごらん」
この至近距離でそんな魅惑的な声で囁かないでください。
頬が熱く、のぼせそうです。
「…こ、高貴。私と帰って…くれる?」
フッと笑い私の頭を撫でる男
「よく言えた…麗奈の頼みを断るわけないだろう⁈俺が守ってやるからな」
いや…もともと部長から言い出した話でしたけど…
でも、嬉しくて頬が緩んでいる。
それをごまかしたくて…
「…距離が…近すぎ…(です)」
男の胸を押してみるがビクともしない。
「…まったく、雰囲気ぶち壊しだぞ…」
苦笑してぎゅっと鼻先を摘み、離れてくれた部長にホッと胸を撫で下ろす自分とちょっと残念に思う自分がいて、胸の奥がチクっと痛んだ。
どうしたんだろう?
そう思うのも一瞬で、鍋が吹き出しそうになっているのを見つけ、慌てて蓋を取りガスを止めた。
「ぶ……お鍋、できました」
部長と呼びそうになった私を、目を細め見つめる男が怖くて慌てて呼ぶことをやめ、もうこの際、2人でいる時は主語は省けばいいんだと思いついた私。
「さぁ、食べましょう…」
テーブルに鍋敷きを敷き、お椀とお箸を置いて土鍋を運ぼうと取っ手を触ったら
「アッツ…」
思っていた以上に熱かった。
慌ててとんできた部長が私の手を取り、
蛇口をひねり冷水に指先を冷やしてくれる。
「……本当に君って子はしっかりしてそうでどこか抜けているんだなぁ」
真横で呆れたようにつぶやかれると下を向いて落ち込んでしまう。
「そんなふうだから気になるのかな?」
えっ…?
部長の言葉に反応して顔をあげると目の前に先程と同じような距離で、優しく微笑んでいる部長の顔があった。
ただでさえかっこいいのに、自分だけに優しく微笑んでくれる部長に『気になるのかな?』と意味深な言葉を言われると勘違いしそうです。
それは、どんな意味なんでしょうか?
心がざわつきだして落ち着かない。
見つめあったまま部長の手が私の頬にかかる髪をかきあげて頬を撫でるまでの数秒、キスされるのではドキドキしていた私。
だけど…
離れていく部長の手はふきんを持ち鍋に向かっていた。
「……もう、大丈夫かな?俺が鍋を運ぶから麗奈は飲み物を持ってきてよ」
背を向け鍋を運んでいる男の後ろ姿を見つめ頬が赤らんでいた。