嘘から始まる恋だった

「…頬は痛くないか?」

手を差し出す男に言われて、初めて震えている自分に気づいた。

「……すみません。大丈夫です」

震える手でなんとか男の手につかまり、
立ち上がるが、震えは止まらない。

「そんなに震えて何があったんだ?」

「…本当に…大丈夫です」

「何が?大丈夫なように見えないけど…


「……助けて、頂いて…ありがとうございました……仕事に戻りますので…これで失礼します」

頭上から聞こえる男に、震える声で顔をあげてお礼を言う。

目の前に立つ男は、誰が見てもいい男なのだろう…だが、今の私にはときめく余裕などなく、一秒でも早く人通りの多い場所に出たくてロビーに出るドアに手をかけた時

「……困っているなら、遠慮なく相談においで…」

突然の優しい言葉に驚き一瞬手を止めたが、そのまま男に背を向けその場を後にした。

確か、義兄は彼のことを池上部長と呼んでいた。

池上 高貴 28歳

この大和建設の会長の孫であり、次期社長候補の1人だ。

受付をしている私とは、会話もすることもない雲の上の人。

そんな人と偶然にも出会った事によって私の波乱な幕開けが始まるなんてこの時の私は想像していなかった。

ーーーーーー

就業時間が終わり同僚の野村 優香と帰ろうとした時、また、義兄が会社前で待ち伏せていた。

「麗奈…送って行くよ」

「いいわね。常盤君は花崎さんにご執心のようで羨ましいわ」

私達が義理の兄妹だと知らない優香が冷やかしてくる。

顔が引きつり、どう乗り切ろうか考えていたら…

「お待たせ…麗奈」

180㎝ほどありそうな長身の男
数時間前に会った時のまま栗色の髪を無造作に後ろに流し、パリッと着こなした細身で紺色のスーツ。
そして、小顔で切れ長の目が整った顔を引き立たせている。

池上部長⁈

優香が私の隣でキャーキャーと騒いでいて、この状況を聞きたそうに服の裾を引っ張って耳打ちする。

『どうなってるの?』

私だって聞きたい…

だけど、その前に義兄をなんとかしなくては……私の住むアパートまでやってきそうだ。

このままだと何も知らない優香は、義兄にうまく丸め込まれ2人きりにされそうだ。今、この場ですがれる人といえば…私を名前呼びした池上部長しかいない。

なぜ、呼ばれたのか考えるよりも先に、彼の与えてくれたチャンスにすがるしかなく腹をくくって彼の腕に手をかけた。
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