嘘から始まる恋だった
私の気配に気づいた男が、目を薄っすらと開けた。
「どうして泣いているんだ?」
頬を濡らす涙を指で拭う男に微笑んだ。
「…高貴に愛されて今の私は幸せなの。幸せ過ぎて…涙が出てきちゃった」
「……バカだな…これからもっと幸せになるのに、まだまだ、愛したりないよ」
ぎゅっと抱きしめ唇に優しく触れる男の温もりを抱きしめ返していた。
「……ねぇ、早起きしたしどこかでデートしたいな⁈」
最後のデート…
楽しい思い出を残したい。
「そうだな…たまには遠くまで出てみるのもいいな」
「うん…どこにするの?」
「泊まりで温泉にでも行くか?」
「……温泉、いいね…でも、泊まれるところあるかな?」
「それは、大丈夫だ…着の身着のままで泊まれるところがあるぞ」
「……」
「そうと決まったら麗奈も準備しろよ」
ガバッと布団から抜け出し、全裸の男が振り向いた。
「行く前に、麗奈を抱きたいかも…」
「……バカ……」
下半身を隠そうともしないで、朝から元気よくそそり立つ一部を見つめた男に、そこにあった枕を思いっきり投げつけた。
「オッと…温泉での楽しみにとっておくか⁈」
枕を難なく受け止め、憎たらしく笑う男が背を向けシャワーを浴びに出て行くしなやかな筋肉質の背中を見つめ、頬を染めていた。
ーーーーーー
車で3時間ぐらいにある隠れ宿。
大きな門をくぐると数台分の駐車スペースに車を止めて、宿まで石畳を歩いて行く。
途中、大きな池があり、石橋を渡るとたくさんの色とりどりの鯉が冷たい水の中で数カ所に集まり寒さをしのいでいるようだった。
そして、歩くこと数分してやっと宿が見えてくる。
「まぁ、お久しぶりですね。…ようこそいらっしゃいませ…」
50代ぐらいの女将さんが高貴に挨拶した後に私に視線を向けて笑顔で出迎えてくれた。
「急だけど、牡丹、空いているかな?」
「はい…空いてますよ…高貴さん。牡丹のお部屋でよろしいですか?」
「うん…」
「ご案内いたします…」
「いや、わかってるから大丈夫…自分達で行くよ。友里江さん、明日の昼までのご飯頼むね」
「はい…では、ごゆっくり」
鍵をもらって、母屋を出ると来た道を戻るように歩いて行く。
「…彼女は俺の父親の妹でさ…板前の旦那さんと数人の仲居さんとでやっている小さな宿なんだ」
手入れされた広い庭といい、大きな池といい、小さな宿じゃないわよ。