旦那様は、イジワル御曹司~華麗なる政略結婚!~
「……お嬢さま。もしも、万が一のことがあったときはこれを」
そうして素早く私の手に握らせたのは、掌の半分もないサイズの小型携帯端末だった。
驚いて目をしばたく私に、藤波は声を潜めたままさらに続ける。
「お嬢さまが日本一の財閥である結城へ立派に嫁がれることは、浅葱家にずっとお仕えしてきた私にとって一番の喜びです。けれど……それと同時に、あなたの幸せを願いいつだってその身を案じていることも、忘れないでください。……外部との接触を一切断ったここでのお暮らしは、少々いき過ぎではないかと個人的には思っております。もしも、どうしても我慢が出来なくなったときには、いつでもこの藤波を呼びつけてください。わたくしはどんなときでもあなたの味方です」
「…………藤波……」
吐息のように小さな声で伝えられたそれは、私の胸に泣きたくなるような感情を植えつけた。
――馬鹿だ、藤波は。こんなことして万が一バレたら絶対にクビになっちゃうのに。うちの筆頭執事で聡明な藤波が、そんなことも分からないはずがないのに。それなのに……そんな危険を犯してまで私を心配して――。
藤波は、もう二十年以上も私に仕え続けて側にいてくれた。
ときには厳しい教育係で、ときには優しい兄のような遊び相手で、ときには父親のようにあたたかく接してくれて。私にとってある意味、家族より絆の深い人だ。
そんな彼の深い愛情をひしひしと感じてしまい、涙が出そうになる。
私は潤んできてしまった瞳を無理矢理に微笑ませると、ニッコリと口角を上げて藤波に顔を向けた。