i wish i could FLY
酒も置かれている中で、それを手に持つ奈緒美を見て、譲治はいつも嬉しそうに笑った。
後から思えば、その顔を見たいが為にジンジャーエールを頼んでいたのかもしれなかった。
この仕組みはライブハウスごとに様々だったが、券の代わりにコインを渡されるライブハウスがあって、奈緒美はそのコインはいつもこっそり持って帰ることにしていた。
誰がなんと言おうと、奈緒美も夢みて恋する乙女である。コインを可愛らしいジャムの空き瓶に入れてこっそりと集め、譲治がバイトなどで来れない時に、眺めたりなどもしていた。
溜まっていくコインがジャムの空瓶を半分ほど埋めた頃だった。
神妙な顔で飲み会から帰ってきた譲治は、やたらと優しく奈緒美を抱いた。そして言った。
別れよう。
なんてありきたりなんだと奈緒美は思った。
別れの前に優しく抱いて、切り出すなんて。
どこかの三文小説じゃないかと。
寂しげな顔を作って、譲治は奈緒美を待っていた。
何で。いきなりどうして。
そんなことが頭で点滅したが、奈緒美は間を置かず頷いていた。
うん、いいよ。
CDの山は今週中にどうにかしてね。
項垂れている譲治を放って奈緒美は脱ぎ散らかした服を拾い、全て震える手で身につけながら暗闇へ飛び出した。
諦めの早いことは、小さい頃は美点だった。
我慢強い子ね、とよく両親には褒められた。
けれどそれは、次第に奈緒美を苦しめた。
ブランコを友達に譲って、褒められた。お気に入りの色鉛筆を貸してあげて、褒められた。おろしたての服に牛乳をぶちまけられても笑って許すと、褒められた。
そんな些細な我慢の延長線上で、奈緒美は色々なものを諦めるくせが自然とついていた。それが必ずしもいいことでないことは、薄々気が付いていた。
うん、いいよ、と言うたび、両親が少し寂しそうな顔をしていたことも、子供ながらに気付いていた。そしてだんだんと自分も苦しむようになってきたことも。
うん、いいよ。
そう奈緒美が言った時の譲治はひどく傷ついているように見えた。なんであなたが泣きそうになってるのよ、と奈緒美は詰りたかった。