i wish i could FLY
ピリッとした辛さが喉に走る。
あ、と声を出してみると、少し奥の辺りが痛んだ。よく酒焼けした声だと言われる。
けれど、こっちに来て酒を飲んだことは一度も無いので、きっと、声を出した所為で荒れた喉を、更に傷つけるようなこの習慣のせいだろうと見当をつけている。
革張りのだだっ広いソファーに寝そべりながら、大型のテレビをつける。
ブラックジョークの飛び交うバラエティ番組は、初めこそ嫌悪感を覚えていたものの、今や仕事の後の娯楽になっていた。
キャミソールとショーツだけという実家にいればはしたないと叱られる格好で、馬鹿笑いをする。
ああ、自由だな、とふと思う。大造りで開放的な部屋は、心にゆとりを与えてくれる気がする。
仕事用のカバンからノートパソコンを取り出す。仕事で直接使うものではないが、家でその日の仕事で得た情報を打ち込むのが帰宅後の日課だった。
顧客情報は整理しておかなければ痛い目にあうと奈緒美は身に染みてわかっていた。
ワープロ機能を呼び出して、男の名前、生年月日、髪の色、目の色、性格、などなど今日知ったプロフィールを書き加えていく。
好きなもの、苦手なもの。興味を持っていること、タブーな話題。
書き込んで仕舞えばただのデータでしかなくて、それが一つの人間を作り出しているなんて到底思えなかった。そんな心底青臭い思考に浸りながら、奈緒美は溜息をつく。
奈緒美がこの国に来て、この仕事をするに当たって、一番良かったといえることがあるとすればそれは、自分の名前だった。
秋野奈緒美、ここでは、ナオミ・アキノ。
南欧系にあるらしい苗字と、聖書に出てくる女性の名前。
クリスティアンなの、と言って上手くごまかせば、現地の人間だと言い張ることもできた。