ラブゲーム
「え?」

 今のはどんな意味だろうと思っていたら、桜井さんはジョッキを持ち上げると、白い喉を見せてビールをゴクゴクっと飲んだ。桜井さんって、アルコールに強いらしい。

 そしてジョッキをゴトンとテーブルに置くと、再び俺をジッと見た。と言うより、睨み付けた。

「なんで、すぐ来なかったのよ?」

 あ。さっきの諦めたとかって、その事だったのか……

「そ、それは、桜井さんは決算処理で忙しいと思ったから……」

「仕事なんか、関係ない」

 え?

 まさか、桜井さんからそんな言葉が出るとは思わなかった。俺や上原ならまだしも、速水や桜井さんのような、真面目一辺倒と思われる人から。

 俺はなんて言っていいか分からず、桜井さんを見ていたら、彼女の表情が変わった。歪んだというか、陰ったというか、そんな表情だ。

 女性のこんな表情に、俺は見覚えがあると思う。えっと……

 ああ、思い出した。泣く前だ。目の前で女性に泣かれた事が何度かあるが、泣く前に、彼女たちもこんな顔をしていたと思う。でも、まさかなあ。

 などと考えていたら、桜井さんはメニューを手に取り、「何を食べようかなあ」なんて、彼女にしては珍しく明るい声で言った。

 さっきのは、俺の勘違いだったらしい。
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