瞳 短編小説
最近彼は変だ。
私を見つめ少し寂しそうな目をしてうつむき、ため息をついて家を出るようになった。帰ってきても私を見てため息をつき何も食べずに布団に潜り込んでいた。
“どうしたの私でよかったら何でも言ってよ”
言いたいのに言えないこの辛さは初めてだ
“私を見て。”
届かないってわかってるのに心の中で彼のことを呼んだ
すると彼が私を見た
その瞳はとても辛そうで今にも泣きそうで
自分の動けない体、動かない口、自分の存在を酷く憎んだ
彼はそっと起き上がり私に微笑んだ
「ルナ…」
彼は確かにそう言った
え、誰なの。ルナって誰。
彼はゆっくり私に近づいた
「本当に似ている。君に似ているよ」
彼の声は震えていた
「会いたいよ…ルナ…」
急に耳を塞ぎたくなった
やだ。聞きたくない。他の人の名前を私を皆から愛しそうな目をして言わないで
私は…ルナじゃない…
彼の声をこんなに聞きたくないと思ったのは初めてだった
少し前まで姿しか見ることの出来なかった彼の声がやっと聞けてこんな幸せはないだろうと思ってたのに今は聞きたくない
やめて。動いて。私の体動いて。ここから逃げたい。聞きたくない。やめて。
そんな私の声は彼に聞こえることなんてない。
「ルナ…元気にしてかい。僕は君を失ってから抜け殻のようさ。そんなときに君を見つけた。本当に似ている。いつもわざとお店の前でパフォーマンスしてた。君を見る口実にさ。」
彼が見ているのは私じゃない。そう感じた。彼が見ているのはルナ。私に似ている彼の愛しい人。私を愛して。ルナなんて忘れて、私を見て。
急にルナの存在がたまらなく憎くなった。
「ルナ…僕の愛しい人。なぜ君は僕の前から姿を消したのかい。僕に嫌気がさしたのかい。」
彼の瞳からは涙が溢れでた。
「なぜ君は死んでしまったのかい。」
私はその言葉を聞いた途端自分を恨んだ。
なんてことを思ったんだろう。
ルナ…彼女は彼の前から消えたいと思って消えたんじゃない。なのに私はあなたを憎くんだ。私はなんてやつなんだ。なんて醜いんだ。
彼は泣きつかれ私を抱きしめ床で寝た。
< 9 / 10 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop