才川夫妻の恋愛事情
当たり前だけど。
才川くんは次の日も隣のデスクに座っていた。彼が電話に出ている隙を見計らって、ちらっと隣の様子を窺う。肩口に電話を挟みながらメモに何かを書いている彼を見て〝あぁ格好いいってこれのこと〟と合点がいってしまう。三年目のくせに余裕のある表情。笑う切れ長の目。細くて長い指先。どれも自分はよく知っているくせに、旦那さん相手に馬鹿みたい。どれだけ彼のビジュアルが好きなんだと、恥ずかしくなって両手で顔を覆った。
「花村さん」
「はいっ」
いつの間にか電話を終えていた彼に名前を呼ばれて飛び上がる。とっさに左を向くと目が合った。
しぬ。
唇があわあわと震える。
しぬ。
微笑まないでしぬ!
「この書類頼んでいい? 社判申請」
「はい……」
「……緊張してるのかな」
「っ」
書類を受け取った指先は震えていた。ばれる。絶対にばれてしまう。俯く私の顔を、才川くんはそっと覗きこんできた。
だから無理だって言ったじゃん!
こんなの仕事にならない。人事に事情を話して、席の離れた部に移してもらえるようお願いしよう……。うん、そうしよう。そう思ってぱっと顔をあげた時。
ぱっと手を握られた。
お互い席についたまま、隣同士で。左手を。
「花村さん」
「……はい」
「ごめん、突然だけど」
なに。
この手はなに?
彼はその辺一帯によく聴こえるような、明瞭な声で言った。
「花村さん、俺のタイプど真ん中なんだ」