才川夫妻の恋愛事情
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そんな茶番が今でも続いている。
三年目のあの日に彼がいきなり始めた溺愛設定が、七年目になった今もそのまま。変わったことと言えば、口説くところから始まった設定が、今ではお酒の席でキスされたりカラダの関係を匂わせる(明らかな)芝居をしたりと関係が進んでいるところだろうか。
隣の席をちらりと窺えば。
今日も今日とて、隣で才川くんが働いている。
「えぇ、それは一度きちんと時間を設定して打ち合わせしましょう。そのキャンペーンだと個人情報をとることになるので、細かい決め事が多いです。一度資料をお持ちするので――――」
肩口で電話を挟んで打ち合わせをしながらメールを打つ姿を、油断するとずっと見つめてしまいそうになるから、私は自分の仕事に精を出すしかない。
滑るようにキーボードを叩く細長い指。
彼に指の腹で撫でられた薬指がまだ熱をもっているような気がした。
実は。
私は才川くんから結婚指輪をもらっていない。
「花村さん、ごめん。頼む」
「はい」
いつの間にか電話を終えていた才川くんがそれだけ言って書類を手渡してきた。彼はいつも書類をそのままパスしてくる。処理をするのは必ず私。他の営業事務にはできないし、なんなら彼自身にだってできない。私にしか。
それには理由があって。
指輪はもらっていないけれど、彼の演技が始まった日に一つだけもらった物がある。
〝俺の大事な物、受け取ってほしいんだけど〟