才川夫妻の恋愛事情



彼が意味深な台詞で、意味深な微笑を浮かべて私の手の中に落とした物。



それは今、私の制服のポケットの中にある。

取り出して、きゅぽっ、とキャップをはずして受け取った書類の上についた。





もらった物は〝印鑑〟だ。





〝才川〟の名前の印鑑。

もらった瞬間は「仕事道具じゃないですか!」なんて言って彼を非難したけれど、ほんとは嬉しかった。〝花村〟と呼ばれることがほとんどの生活の中で、この印鑑を押す瞬間だけ、才川みつきになれる気がして。



隣で才川くんが言う。



「花村さん、ご機嫌」



印鑑を押している私に、彼はいつもそうやって声をかけた。四年経って私は、微笑み返せるようになった。



「仕事が好きなので」

「ストイックだな。惚れそう」

「惚れてるでしょ?」

「そうだった」



松原さんに「他でやんなさいよ」とたしなめられる。
すみません、と素直に謝る。怒られても仕方がない。でも私にとったらこれはささやかな夫婦の睦言だから。なぜか家ではこういうのほとんどないし……。
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