才川夫妻の恋愛事情
「うどん食いに行くか」
「……今からですか?」
ふらっと2課に現れた駒田さんの誘いに、私はつい〝それマジで言ってるんですか?〟というトーンで答えてしまった。
ただいまの時刻、深夜2時。
昼間の喧騒が消えてカタカタとキーボードを叩く音だけがしているオフィス。フロアにはまだ僅かに点々と人がいて、その中で営業2課だけやけに残っている人が多い。
私も、終電はとっくの前に諦めた。
「いいわよ野波、行ってきなさい」
隣の席で松原さんが首をまわしながら言う。だいぶ凝っているようだけど、こんな時間でも化粧崩れ一つしない。私のトレーナーは何か、特別な魔法を使える魔女なのかもしれない、と最近思う。
「でも」
「手伝ってくれたお陰でもうすぐできるわ。あとはクリエイティブからあがってくる絵コンテと合わせるだけだから、それは私でやっとく」
「それなら私も」
「だめよ。さくっとうどん食べて寝なさい。明日のプレゼン中居眠りされても困るし」
「……はい」
〝厳しいようであの人、身内には甘いから〟
ついこの間2人で話したときに、花村さんは松原さんのことをそんな風に言っていた。それはほんとにその通りで、松原さんは優しい。
ここは素直に甘えておくべきなのかなぁと迷いながら席を立つ。すると松原さんは椅子をくるりと回転させて後ろの島を振り返った。
「それと、今ちょうど帰るところらしい才川も一緒に」
「え」
PCの電源を落としたところらしい才川さんが不意を突かれて振り返る。松原さんはふん、と笑ってから駒田さんに綺麗な微笑を向けた。