才川夫妻の恋愛事情
「……」
二人のやり取りをずっと黙って聴いている私は、物騒だな、と思う。
駒田さんだけじゃない。
入社してわかったけれど、この会社の人はビジネス上誰かに不利益な皺寄せがいくことを〝死んでもらう〟という言い方をする。もしかしたらうちの会社だけじゃなくて業界用語なのかもしれない。それともビジネスでは普通の言葉なのかも? なんにしても物騒だ、と思いながら、私は思い出していた。
珍しく花村さんと二人になったときに、彼女が言っていたこと。
「新聞の生き残り策ばっか考えてないで、さっさと見切りをつけてWEBの提案持っていくのが賢いと思うけどな。こだわって代理店変えられたらどうする」
「そうならないようにうまく立ち回りますよ」
……本当に。
花村さんの言う通りなんだなぁ。
「……なに? 野波さん」
「え?」
「俺の顔なんかついてる?」
「いえ……」
しまった。ぼーっと見つめてしまった。
慌てて、自分の前髪を触ってみたり時計を触ったり、よくわからない動きをしながら答える。
「なんだか、花村さんの言う通りだなと思って」
「花村……? 何か言ってたの、俺のこと」
「……言いません」
なんだよ言えよ野波ー、と、駒田さんが茶々を入れたところでブブッと机に振動が伝った。震えたのは才川さんのスマホだった。
「……そろそろ帰りましょうか。野波さんも、明日プレゼンで居眠りなんかしたら松原さんに殺されるよな」
「しませんよ居眠りなんて! そこまで大物じゃないです」
「そう?」
「俺も明日午前中から得意先だー……。しゃーないな、もう一杯ひっかけたいとこだが、帰るか」
「はい」
そうしてその場はお開きになった。