才川夫妻の恋愛事情
〝今日はもう帰れ〟
そう言われてしまった瞬間、あぁ、と全身から力が抜けた。情けなかった。どれだけ明るく笑って見せても才川くんにだけは隠せない。調子が悪いことを一番隠し通したい相手が、皮肉にも一番よく見抜いてしまうのだ。
きっと才川くんは今日、終電も見送って深夜まで作業をするつもりなんだろうとわかっていた。旅館チェーンが新聞予算をすべてWEBへ付け替えれば、多少なりともうちの収益は落ちてしまう。その上、今まで付き合いのあった新聞社は痛手を受けるし、旅行チェーンにしたって今まで新聞で獲得していた層を取り逃すことになるから得策ではなかった。それを防ぐために、役員会議であげてもらうための説得資料を明日中メドで仕上げなければならない。それも日々のレギュラー業務もこなしながら。
最後まで業務を手伝えずに先に帰ることも勿論悔しかった。
でも、才川くんが私に先に帰るよう言うことが、周りから見れば女を甘やかしているように映ることも悔しかった。いくら溺愛キャラが、彼が勝手に始めた茶番だとしても。仕事に関わる本質的な部分で彼の評価が落ちるのは、嫌だったのだ。
だってね、才川くん。
私、一回も言ってないけど、
この六年間で才川くんのこと、
とっても。