才川夫妻の恋愛事情



「行ってきます」



一足先に会社に出て行く背中を見送る。



「行ってらっしゃい」



自分にできることは、少しでも今日彼の業務がうまく回るように段取りをすることだけ。鏡の前で最後に身支度を整える。うん、ばっちり。昨日早く帰してもらったお陰で顔に疲れは出ていなかった。

才川くんに遅れること七分。彼の一本後の電車に乗ることを見越して、家を出る。







出社して業務が回りだしてみれば案の定、説得資料に取り掛かる時間はなかった。才川くんがどんなアプローチで新聞の予算を守ろうとしているかは何となくわかっていたので、資料収集だけでも……と思っていたら、私の作業にもトラブルが起きた。今日入稿の新聞広告原稿に誤植が見つかったのだ。



「これ、別原稿も同じ誤植ですね……。全部製版しなおしとして、何時に再入稿できそうですか?」



制作会社の担当さんと連絡を取りながらちらりと時計を確認する。午後四時過ぎ。緊急対応で部会を抜けさせてもらっている今、才川くんは部員の前で広告事例の発表をしているところだろう。自分もこの対応にもう少し時間がかかるだろうから、説得資料に取り掛かるのは二人同じくらいのタイミングになってしまうかもしれない。



「わかりました。すみません、ありがとうございます。そしたら、私のほうで先方に確認取りつつ並行して他に誤植ないかチェックしますね。……えぇ。えぇ、助かります。はい」



こんな日に限って。

六年勤めていればそれなりの経験則でわかっていたつもりですが、あらためて実感。
トラブルとは重なるものです。





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