才川夫妻の恋愛事情
午後八時。才川くんが会議室での報告会からデスクに戻ってきたタイミングで、ちょうど私もすべての原稿の再入稿を終えたところだった。
才川くんは打ち合わせ資料を一式がさっと自分のデスクに置いて、息をつく。同時に私は入稿の済んだ原稿の校正原稿をデスクの隅に寄せ、息をつく。
「……」
かぶってしまったため息に、顔を見合わせて笑った。
「やばいな。全然手ぇつけてない」
「ほんとに。共有フォルダに入れてあった資料が最新ですよね? 30%完成ってとこでしょうか」
「良い読みだな。そんなとこだよ」
「とりあえず私、資料室行ってきますね」
「え?」
本当に少し驚いた声を発した才川くんに私のほうが少し驚いた。宣言通り資料室へ行こうと椅子から立ちあがった私はその声に気をとられて彼を振り向く。
「え?」
「いや、なんで資料室……と思って」
「だって、必要ですよね? 大昔の新聞原稿。今の社長が現場だった頃につくった新聞広告、資料の中に入れるんでしょう?」
「あぁ、うん……」
「その頃の広告素材ってもう、電子データベースにも格納されてないし。資料室には全国紙の縮刷版が大昔の分まであるはずなんで、探せばきっと見つかります」
「……うん。でも俺、そんなの今作ってる資料には一言も書いてないよな」
「え?」
「花村さんさぁ」
……うん?
あれ、違ったかな。確かに書いてはなかったけど。自信満々に言ってしまった手前「考えていることと全然違う」と言われてしまうと恥ずかしい。才川くんは片手で目元を覆っているし……あれ?
……照れてる?