才川夫妻の恋愛事情



「……あ」



――どうして今?



彼の腕の中で、指先一つ動かせなくなった。



狸寝入りしてる時も言ってくれなかったのに!

例えばで私が言ってみたときも呆れた目で見てきたくせに!

なんなら、結婚してから今の今まで言われていないような気さえする。



なんで今?



こんな、みんなが注目して聴いているところなんかで。



どうして、今。



ずるい。なんで。





頭の中で延々不満を並べ立ててみても、頬が熱くなっていくのを止められない。









松原さんがいつものように「他でやんなさい」と言ったことで才川くんは私の体を放した。「すみません、あまりに感動して」なんてにこにこ笑いながら、私のほうを見ようとしない。

私は今度こそ返す言葉を見つけられなかった。

まずい。

絶対に今顔が真っ赤になってる。こんな状態で黙っていたら、変だ。



ばれてしまう。




うまい切り返しは思いつかなかったけれど〝この状況はまずい〟って気持ちだけが先行して、やっとの思いで振り絞って出た言葉は「資料室行ってきます!」だった。

何も持たずにその場を早足で後にする。



……0点!

花村さん、0点!



結局怪しさをあの場に残してしまったことを感じながら廊下を早足で駆け抜けた。






< 126 / 319 >

この作品をシェア

pagetop