才川夫妻の恋愛事情
資料室に入った瞬間、埃っぽい匂いがたちこめた。資料のほとんどが電子化されているけれど、マーケティングの古典や消費者データは依然として紙のものが利用されているから、この部屋も利用者がいないわけじゃない。そこそこに掃除が行き届いた書棚の間を進む。
入った瞬間は誰もいなくて、電気も点いていなかった。夜八時を過ぎている今、資料室の大きな窓にはオフィス街の夜景が広がっている。
「……」
少しの間だけそれを眺めて心を落ち着けた。
最近の才川くんはよくわからない。
わかるんだけど、わからない。
いつからだろう、と思い出して、あれは新人歓迎会の飲み会の頃からだと思い至る。あのキスのあたりから才川くんの溺愛キャラは過剰になった。それまでも「好き」とか「かわいい」とかは散々言われていたし、冗談で手の甲や頬にキスせれることはあったけれど(それに内心とっても振り回されていたけれど)口にキスなんてあからさまなことはしなかった。舌を入れられることもなかったし、下世話な演技もなかったし。「結婚しちゃう?」なんて冗談でも言わなかった。
……わからないなぁ。
六年も奥さんをやっているのに、わからない。
悔しい。
わかることは、たった一つだけだった。