才川夫妻の恋愛事情
「……六十歳、ということは」
「入社してすぐに現場で広告に携わったって言ってた、確か」
「新入社員って二十三歳くらい?」
「ってことは三十七年くらい前から順に見て行けば見つかるか?」
「んー……」
大昔って言ってみたけどそこまで昔でもなかった。自分が生まれる数年前のことだった。1970年代を探すと、棚の上のほう。届くだろうか? 背伸びして、とりあえず並んでいるうちの一冊を取り出そうと思い切り右手を伸ばす。
その手は大きな右手に捕まえられた。あ、取ってくれるんだ。そりゃそうか、この身長差だし……。「ありがとう」と言って潔く手を引こうとしたら。
「……なんですかこの手は」
大きな右手は私の右手を放さなかった。
「……なんだろうな?」
あ、家での笑い方だ。
そう思っている間に後ろに回りこまれる。
「ちょっと、才川くん……」
狭い書棚の間でうまく身動きがとれずに。元々自分一人だけ通れれば十分、くらいに思っていたから、そんなに広くスペースを空けなかった。後ろに回り込まれればぴったりと体がくっついてしまう。
嫌な予感がした。